妙典少年野球場 新グラウンドが開場。セレモニーで披露された市川市と野球との”絆”

3月13日、千葉県・市川市で「​​妙典少年野球場プレオープンセレモニー」が開催された。

市川少年野球連盟の他、村越祐民(ひろたみ)市川市長そして千葉ロッテマリーンズよりマリーンズ・ベースボールアカデミーの方々が参加し、市に縁のある元プロ野球選手たちからもお祝いのメッセージが寄せられた。

(取材協力:市川市少年野球連盟、文:白石怜平)

約3年前からの構想の末、実現した新球場

今回、新たにオープンする野球場は両翼70m・中堅85mの少年野球専用球場。市川市の「地域コミュニティゾーン整備事業」の一環として、昨年まで約10年使用してきた旧少年野球場の隣で建設を行ってきた。

約3年前から構想が上がり、昨年6月の建設開始からこの4月に選手がプレーできる状況を整備するため、約10ヶ月という間ながら滞ることなくプレオープンを迎えることができた。

グラウンドでは外野に人工芝を新たに敷き、両ベンチ横にブルペンそしてベンチも新しくなった。

外野に新たに敷かれた人工芝(提供:市川市少年野球連盟)

本オープンは10月を予定しており、残りの期間は客席の設置と同時に改修中である国府台(こうのだい)球場から電光掲示板を移設することで完成となる。

周辺では、児童発達支援センター(4月開園)や公園・バーベキュー場の建設も進めており、村越市長も後述の挨拶で「子育てをされているお母様たちが不安なく情報交換できる場にしたい」と語るなど、市を挙げて子どもたちへの育成環境整備をさらに強化している。

バックネット裏と1・3塁側に設置される観客席
本塁から見たグラウンド

野球と市川市、球団との縁

午前10時にセレモニーが開始。この後にはマリーンズ・ベースボールアカデミーによる野球教室が行われることから、地元の少年野球チームから選手計70名と指導者・保護者が集まった。

関係者は全員会場での検温とマスク着用のうえ選手はグラウンド内に整列し、指導者及び保護者は外野からセレモニーを見守った。

冒頭の挨拶に村越市長がホームベース後ろに設置されたマイクの前に立ち、関係者全員に向けて感謝の気持ちを述べた。

また、地域コミュニティゾーン整備事業については「市川市が心を込めて作った目玉の事業です」と力強く宣言した。

続いて市川市議会代表・松永修巳氏、市川市少年野球連盟 中嶋貞之会長が登壇。

電光掲示板が設置される方向を示す中嶋会長

中嶋会長は今回セレモニーに駆けつけてくれた千葉ロッテマリーンズとの縁について

「実は、野球を覚えたての10歳の時にファンになったのは毎日オリオンズでした。(千葉ロッテの前身)当時、2軍のメインスタジアムは国府台球場でした。市川には当時の選手が住んでいました。(92年に)千葉へ移転してからも、県内全域でたくさんの野球人を育てていただいています」

と、自身の少年時代と市川市、そして球団との縁について感慨深げな様子を交えながら当時の思い出を話した。

市にゆかりある2名の野球人からのお祝い

来賓紹介が終わると、市川市に関わりの深い野球人2名からのお祝いのメッセージが読み上げられた。その2名の全文を紹介する。

小笠原道大・巨人2軍打撃コーチ
(「小笠原道大杯 市川市少年野球大会」を07年より開催)

妙典少年野球場落成おめでとうございます。とても立派な球場が出来上がったと聞きました。一市民として大変嬉しく感じます。

市川市の未来のために子どもたちが素晴らしい時間を過ごせることを心より祈念しております。オフにはぜひ球場へ足を運びたいと思います。

昨年12月の小笠原道大杯の閉会式での挨拶

G.G.佐藤氏
(千葉ロッテマリーンズOB、現:株式会社トラバース代表取締役副社長)

妙典少年野球場の完成おめでとうございます。元千葉ロッテマリーンズのG.G.佐藤です。私は市川市で生まれ、小学1年生の時から野球を始めました。

大学まで野球を続けてきましたが、大学卒業時にはプロ野球からドラフト指名されることはありませんでした。

けれど、私はプロ野球選手になることを決して諦めませんでした。その後アメリカに渡って3年間毎日野球を続けてきました。

”念ずれば花ひらく”

これは、野村克也監督からいただいた言葉です。夢や目標に向かって、今を一生懸命に生きる。努力をすればきっと成果は出るという意味だと思います。

私はアメリカから帰ってきた25歳の時にプロ野球選手になることができました。オールスターにも出ることができました。オリンピックにも出ることができました。皆さまも将来の目標に向かって一生懸命頑張ってください。

将来プロ野球選手になりたい人はぜひ、この妙典少年野球場で一生懸命野球を楽しんでください。いつかこの球場でプレーした選手の中からプロ野球選手が誕生することを楽しみにしています。

協定を結ぶマリーンズからもメッセージ

最後の挨拶は千葉ロッテマリーンズ BtoC本部の豊田耕太郎本部長がチームを代表して務めた。

市川市と球団は18年12月から「スポーツを通じた地域振興・地域貢献に関するフレンドシップシティ・プログラム協定(以下、フレンドシップシティ協定)」を締結している。

千葉ロッテマリーンズ BtoC事業部・豊田耕太郎 本部長

豊田本部長は主な取り組みとして、市川市国分でのマリーンズ・ベースボールアカデミーの定期開催や1軍公式戦の市民を招待・各種イベントの連携を行っていることを紹介した。

またチームは昨シーズン、オリックスと終盤まで熾烈な優勝争いを繰り広げ、リーグ2位に。2年連続で惜しくも優勝に届かなかったことついても述べ、

「その思いを胸に、今年のチームスローガンといたしまして、『頂点を、つかむ』というスローガンを掲げました。チーム・球団一丸となってパ・リーグ優勝、日本一を目指し練習に励んでいます。25日から開幕しますので、ご声援よろしくお願いします」

と地元からの応援を呼びかける。挨拶の最後、このあと開催される野球教室に参加するべく市内の野球少年たちが集まったグラウンドを見渡し、

「最後に、今日も多くのお子さまたちがいらしております。素晴らしい球場が出来上がりました。この球場で練習を積んだ選手たちが、高校野球・大学野球・社会人野球・プロ野球で多く活躍してくれることを祈っております」

と締めた。次はテープカットが行われ、ここでは選手を代表して「市川ガールズ」主将の田中仁奈選手が代表して参加した。

約30分のセレモニー最後を飾るのは始球式ならぬ終球式。村越市長がまだ誰も投じていないマウンドに上がり、対する打者はマリーンズ・ベースボールアカデミーの武藤一邦校長が務めた。

村越市長が”終球式”に登板した

大きく振りかぶって投げた球を武藤校長がスイングし、拍手で包まれ会は終了した。

その後すぐに、野球教室が開催された。武藤校長を始め、マリーンズOBで05年の日本一にも貢献した小林宏之、藤田宗一 両コーチらが限られた時間の中で熱心に指導を行った。

新球場は4月から市の大会でも利用する予定で、2020年を除き毎年行われている「小笠原道大杯争奪 市川市少年野球大会」も今年からここで行われる。

昨年から「新しい野球のスタイル」を掲げ、練習時間の制限やオンラインの活用など時代の変化に合わせた改革を行ってきた。

今年は”新しい球場”からスタートを図り、野球そして地域活性化の発信地となっていく。

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