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身体障害者野球日本代表・小寺伸吾 世界大会で5年越しの”リベンジ”。大会首位打者で獲得した「長嶋茂雄賞」と伝えたい恩師への想い

9月に行われた「第5回世界身体障害者野球世界大会」で日本の世界一獲得の原動力となった小寺伸吾選手。

10年前に仕事中の事故で左手首が一度切断され、2年間に及ぶリハビリ生活を余儀なくされるも、入院中に記憶から蘇った身体障害者野球の存在がモチベーションとなった。

そして名門チーム・神戸コスモスに入団後すぐにレギュラーを獲得し、チームの中心選手となった。その後2度の日本代表に選ばれ、今大会では個人タイトル「長嶋茂雄賞」を受賞する活躍を見せた。

後編では、今年の日本代表での9か月間を振り返っていただく。

(取材 / 文:白石怜平、以降敬称略)

2度目の代表は「チームのお手本になる」意識で

小寺は神戸コスモスで主にリードオフマンとして全国大会などでも活躍。22年末には2度目の日本代表選出の通知が届いた。

今年1月に合宿地である愛媛県松山市で日本代表が初めて顔を合わせると、34歳になる小寺にとって月日が経ったことを改めて感じたという。

「5年経つと年齢を上から数えた方が早くなって、キャプテンの松元(剛:名古屋ビクトリー)さんが一番上で、槇原(淳幹:岡山桃太郎)・田中(清成:名古屋)・僕が3人同級生なんですけども2番目なんですよね。なので自分のプレーもそうですし、見本にもならなあかんという立場と考えていました」

2度目の代表ではチームの見本となる意識を持って臨んだ

明るさが魅力の男は意外にも「緊張しぃなんです(笑)」と語る。それでも、チームメンバーとコミュニケーションを積極的に図り、ミーティングでも大きな声で発言するなど雰囲気づくりに努めた。

それとともにグラウンドでも鼓舞。7月に福島で行われた第2回合宿では、2日目に35度を超えた猛暑の中、練習試合2試合をこなした後に全体練習も行った。小寺は「神戸ではそれが当たり前ですから」と疲れた表情を一切見せず、笑顔で盛り上げ役を担った。

疲れた様子を見せず、最後まで元気にグラウンドに立った

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