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「王さんの教えを直接受けた小久保監督と僕がいることが何よりの強み」城島健司CBOが担う“伝道師”としての役割

今季チーフベースボールオフィサー(CBO)に就任し、球団全体の統括などを行う城島健司氏。

現役時代の戦友である小久保裕紀監督と連携を深め、現場の要望をスピーディーに整えることで、序盤の危機的状況もチャンスに変えた。

フロントのトップに立つ城島CBOが果たす役割、それは未来を担うフロント陣にホークスの築き上げている伝統を継承することでもあった。

自身が今伝えているその歴史、またそれを支える文化を語ってもらった。※全3回のうち2回目

>第1回はこちら

(取材 / 文:白石怜平)

フロントマンとして伝える続けるホークスの歴史

城島CBOはフロントマンとして、現在ホークスに在籍している若いフロントのメンバーたちにも自身の経験を惜しみなく伝えている。 城島CBOにとって、そして現在のホークスの礎は王貞治・現球団代表取締役会長にある。

王会長は監督時代、姿勢そして言葉で城島CBOを始めとした選手たちに野球人そしてホークスの一員としての振る舞いを伝え続けていた。

「先代たち、僕が特に言うのは王会長が福岡に来て今年で30年経ちます。僕はいつも思うのですが、王さんはチームがまだ弱い時から小久保監督の仕事もしながら、僕の仕事もしていました。

当時一番有名だったのは監督なので広報のような仕事もしながら、1人何役もされてたわけですよ。 それは本当に頭が下がります。

僕も王さんと一緒に入団した30年前、福岡に来た時はまだ街の子どもたちがみんなホークスの帽子をかぶっていたかと言ったらそうではなかったですし、 みずほPayPayドームに毎試合満員のお客さんが入っていたかと言ったら入っていなかった。

お客さんが入る努力というのも、王さんは監督としてしていました。そこからチームも強くなっていって、街の人たちがホークスのファンになってくれましたよね。

今は子どもたちがソフトバンクの帽子をかぶって学校に行ってくれたり、年配の方たちもかぶって街を歩いてくれています。なので日々の生活の中にホークスというのが定着したんだと思うんです」

王貞治会長からは監督時代、グラウンド内外で様々な影響を受け吸収していった

王会長がホークスの監督に就任し、時同じくして城島CBOが入団した95年はまだチームは低迷期の真っ只中。南海時代から98年まで20年もの間Bクラスから抜け出せないなど、苦難の時期は決して短くなかった。

両者がホークスに入り5年目となる99年、ついに福岡移転後初の日本一に輝くと翌年リーグ連覇。ここから常勝軍団として現在まで至る。

四半世紀以上にわたり強いホークスとして君臨していることから、過去に低迷していた時期があったと聞くことがあっても、意外と感じる人の方が多くなっている。

「この20数年の間で観るようになったみなさんは常に満員で、常に優勝争いしている印象かもしれませんが、僕は入った時はそうではなかった。9月に優勝争いはしていなかったですし、生卵も投げられた時もありましたから。

なので今のこの状況は当たり前ではないんだという歴史も、しっかり今いるフロントに伝えなければいけない。それが僕の役割の一つです」

トップ2人から浸透している挑戦の文化

城島CBOが今いるフロント陣に伝えてきた一つは、「我々が築き上げてきた成功の下には、それ以上のたくさんの失敗があります。それをしっかり把握しないといけない」ということ。

そのたくさんの失敗の根拠はそれ以上にチャレンジをしてきた証でもある。これはソフトバンクの文化として根付いているものでもあった。

「孫(正義)オーナーの考え方は、『議題に上がったら、まずやりなさい』こういう考え方なんですね。昔の組織は事をやろうとしたら、『これダメだったら、誰が責任取るんだ』ってなりがちですよね。それでは何も変わらない。

オーナーはまずやりなさいで、そこにプラスして『これはどこかが先にやったのか? 我々が最初ならやりなさい。もし2番目だったら、そのパターンを聞きなさい。 それで事足りる』と。

1番目だったら、まず挑戦することで誰も持ってないデータが手に入るわけです。 それがまず成功ですよ。オーナー曰く、『失敗とか成功とかではなく、新しいデータを得られたことが1個まず成功』。そういう考え方なので、 本当にやりやすいです」

孫正義オーナーが提唱する挑戦の姿勢も大きな後押しとなっている(3月撮影)

そして、王会長もかねてから挑戦の大切さを説き続けていた。

「王さんは常々『良い変化をしなさいと。変わっていきなさい』とおっしゃっています」と城島CBOも語っており、両者の共通した考えが現場・フロントの一体感をさらに強固にしていた。

「もうそれと“王貞治”がいるのでもう僕たちは挑戦することを守られてます(笑)。王さんはよく『朝令暮改でいいんだ』という言葉をよく使われるんですけども、朝言ったことが夕方変わったって当たり前だと。

朝言ったからと言って、昼に『朝言ったんだから』と言葉を飲み込むようではダメだと。『今日の朝は山に登ろうと思ったけど、海の方が良さそうだから、海に行く。これでいいんだ』ということをいつも言われてたのが、リンクするんです。

王貞治と孫正義。 トップ2人の考え方が僕らの中にはありますし、共通認識が球団全体に浸透しています。その中で王さんの教えを直接受けた小久保監督と僕がそれぞれ現場とフロントにいますから、何よりの強みだと思います」

挑戦の数々は失敗ではなくノウハウに

その積み重ねた挑戦の数々は血肉となり、ホークスのユニフォームを着る選手たちの成長材料となる。ここである選手たちの例を挙げて説明した。

「例えば、柳田(悠岐)をAというプランでスタートさせました。そこでうまくいかなければBプランで、柳田が成長曲線を描いているというデータを持っているわけですね。

それでウチにいる笹川(吉康)は、彼は柳田と体格や筋量などがあまり変わらないので、まず柳田で成功したBプランで行こうとなります。

ただ、当然ながら柳田と笹川は違いますから、Bでうまくいかなかければ、次新しくCプランが出てきますよね? 今後Cプランで笹川が一軍で台頭したら、次我々はA・B・Cまで持っていますから、増えているわけです。 なので失敗ではなく数だと思います」

チャレンジの数が未来を創ると語った

このように新たに輩出されたプランに加えて、データや技術そしてメンタルなどを教えるプロフェッショナルが揃い、それを選手のパフォーマンスへと転換させる。

それぞれのプロが活用できる材料は、日々そして年々のチャレンジからできたものであった。

「今は数を増やしている段階です。100回より1,000回、1,000回よりも10,000万回の方が可能性は拡がるわけです。選手は今後もたくさん入れ替わりますし、10年より20年、20年より30年、30年より50年と続けていけば必ずいいデータが蓄積されていきます。

選手生活は決して長くないので、少しでも短い距離で最大成長のところまで持っていきたいので、これらを色を濃くかつ強いものにしていく作業をひたすら積み重ねていっている段階です」

2人のカリスマが持つ共通認識が浸透し、その教えを直接受けた2人がそれぞれで牽引するホークス。組織としての強さは、フロント陣だけではなく選手たちにも継承することで、より進化を遂げていた。

(つづく)

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