• HOME
  • 記事一覧
  • ラグビー
  • 「自分の体をもっと知ろうと思いました」選手とレフリーの”二刀流” 三重ホンダヒート・近藤雅喜 学生時代の大怪我を経て気づいた己との向き合い方(全5回 #1)

「自分の体をもっと知ろうと思いました」選手とレフリーの”二刀流” 三重ホンダヒート・近藤雅喜 学生時代の大怪我を経て気づいた己との向き合い方(全5回 #1)

中学時代から目標にしていた桜のジャージ

そして、東海大仰星高校に進学したのにはもうひとつ大きな理由があった。それは日本代表の一員としてプレーすることである。ラグビーをする身なら誰もが目指す桜のジャージは少年時代からの憧れだった。

「高校日本代表になりたいというのは、ずっと抱いていました。最初に日本代表という名がつくものが高校生辺りなので、自分がその時になったら(代表に)入りたいというのは中学生の時から考えていましたね」

全国トップレベルの高校に入り、己の実力をさらに高めた近藤は2年生の時にU17の日本代表に選ばれ、最初の目標を叶えた。卒業後はさらに高いレベルで自らを磨くため、名門明治大学へと進学した。明大を選んだ点について語った。

「伝統のあるクラブでノウハウもありますし、トップ選手が育っていく環境だと感じていました。あと、(明大が)少し停滞期にも入ってた時期だったので、自分が入学して”強い明治をもう一度”という気持ちもありました」

己の力でチームを強くする道を選んだ(提供:三重ホンダヒート)

ここでも日の丸を背負うことを目標に練習へと励み、松田力也(埼玉WK)や後に三重でチームメイトになる具智元らとともにU19日本代表に選出された。ここで、当時のことを振り返る。

「もう必死にやっていた感じでした。大学1年生で上京して慣れない環境に適応しながら日々過ごしていた記憶はありますね」

明大ラグビー部は朝練が行われてる。先輩の松橋周平や後輩の武井日向(いずれもリコーブラックラムズ東京)に取材した際、共に語っていたのが「明大は朝練が6時からあるので」という言葉だった。

そのことを近藤にも話すと、「そうなんです。夏はまだいいのですが冬はすごく寒くて真っ暗の中扉を開けて…明大の選手はみんな朝強いと思います(笑)」とキツかったこともいい思い出だと語った。

大怪我を経て気づいたこととは?

関連記事一覧