
西武が運用する三軍制 実戦機会の創出以外に「野球界の可能性を広げる」ために果たす役割
若手選手の活躍が目覚ましい今季の西武。選手個々に向けた仕組みづくりだけではなく、育成環境の整備にも力を入れてきた。
その代表的な取り組みが三軍制度である。3年前から再編し、現在は育成選手の実践機会にとどまらない場となっている。
球団の本部長補佐を務める眞山龍さんは、この三軍制には野球界発展の道標となる可能性を感じている。※全4回の第3回
(取材 / 文:白石怜平、表紙写真:©SEIBU Lions)
三軍制度の確立が生み出す競争の活性化
21年までの三軍は故障者のリハビリ組という位置付けだった。22年からは見直しを行い、実戦にも重きを置く形となった。その意図を眞山さんはこのように説明する。
「ファームの中でも競争意識を高めたい考えで整備しました。我々は『ファームも競争だよ』と常々言っています。
全員が競争の場に立ってもらうためにも、イースタン・リーグの試合にもまだ出場できていない若手や育成選手にも実戦経験を積んでもらいたい考えがあって、その場を三軍としました」
二軍と三軍の間にはある区別を設けていた。そこは、三軍選手のハングリー精神を呼び起こすためのものだった。
「三軍の選手は今年からホームユニフォーム着用は認めず、ビジターのみ許可しています。なので、『白い“Lions”のユニフォームを着たかったらまずは二軍に上がりなさい』と。
二軍ですと一軍の選手が復帰前に調整する場であったり、一軍での起用方法を見据えての運用、一軍昇格へアピールする選手などさまざまです。
三軍は以前のようにリハビリに専念する選手もいますが、二軍の試合に出られていない選手の実戦経験という明確な目的があるので、その棲み分けをした運用が今はできています」

現在支配下選手は上限の70名、育成選手23名を擁している。100名近くいる選手たち全員にチャンスを与え、より可能性を引き出すために球団内で検討したものだった。
「練習はもちろん、フィジカルを強化するためのウェイトトレーニングや食事・睡眠などの体づくりやコンディショニング全て大切です。
その成果を出す場所が試合です。学校と一緒で、毎日授業や宿題で勉強していても、テストで結果を出す場がないと自分の現在地って分からないですよね。
自分の現在地や今のレベルを全員が正確に把握するためにも、試合が必要なのではないかと、球団内で考えて議論を重ねて今に至ります。
強化プラス実戦というのを同時進行で進めていますし、その結果を元に競争させることでファームも活性化できるようになりましたね」
球団は“野球界を牽引するフロントランナーになる”方針を掲げ、日々挑戦を重ねている。
そのことについて問うた際、「実はこの三軍の運用というのが、球団の育成にとって一つ大きな挑戦になっています」と眞山さんは述べた。
それは、野球界の未来を見据えたものであった。
「対戦相手の幅がすごく広くて、独立リーグや大学生、企業チームさらにはクラブチームとあります。試合を通じて、アマチュアとの交流を深められていることに意義を感じているんです。
野球界を活性化させていきたい想いがある中で、選手の発掘もさることながら、アマチュア球界の情報や現状を肌で知ることができます。
なので、我々の三軍は野球界の可能性を広げていくための大切なカテゴリーと感じています」

育成で大切にしているのは「体・技・心」
眞山さんは05年に現役を引退後は一・二軍のマネージャー、23年からはファーム・育成ディレクター補佐を歴任。25年からは本部長補佐として、主にファーム全体の統括を担っている。
数多くの選手を間近で見てきたからこそ、一軍でレギュラーを張れる選手の特徴を熟知していた。
「私が長く選手たちを見た中で特徴として感じたのは、“強い体”があることです。だからこそ練習を継続できますし、試合で結果を出すことにつながりますから。
よく『心・技・体』と言いますよね?でも、自分の考えでは『体・技・心』ですし、育成においても大事にしています。
技術は入ってきた時にすぐに分かります。村田(怜音)のように飛ばす力があるとか、滝澤のように守備なら一軍クラスになり得る技術があるなど。
ですので、まずは食事やトレーニングなどでしっかりと練習ができるフィジカルを作る。 体が整ってからグラウンドでコーチ陣と共にスキルアップを図って、試合で確認する。そこで成績を残して自信をつけてほしいと考えています」

眞山さんが述べた“体”の部分で、注意しているのが選手の故障。前時代的な考えでは根性論が先行し、二軍においても怪我を押して練習するという考えがスタンダードにあった。
現在は考え方もアップデートされ、特に育成の過程にある選手においてはお互いに意思を表示し、確認できる環境を創り上げている。
「一軍ですと勝負の世界なのでポジションを明け渡したくないですし、自分が頑張ってチームの勝利に貢献したいと考えますが、育成段階の選手ですと怪我してからが一番遅いです。
『練習ができません』となると、成長が止まってしまいますので。
黄色信号が出た時点で、選手からもアラートが出せるように周囲も環境をつくらないといけないですし、お互いキャッチしていきましょうと常に心がけています」
西武がつくり上げてきた育成システム。それを誰よりも知るのが眞山さんである。最後は、20年以上にわたる歳月をかけてチームの屋台骨を支えてきた眞山さんのキャリアについてフォーカスする。
(つづく)
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