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埼玉西武ライオンズ 5年目を迎えた指導者研修 ”主体性を持った人財”育成を通じ、野球界のフロントランナーへ

8月某日、ベルーナドームに隣接する球団施設である取り組みが行われていた。それは埼玉西武ライオンズが指導者に向けて展開している研修プログラムである。

イースタン・リーグの試合を終えたファームのコーチとスタッフ計10名が参加し、約2時間半学びを深めた。

(取材 / 文:白石怜平)

20年から行われている指導者に向けた研修

球団は今季から中期経営計画を策定し、ハイパフォーマンス部門の強化やデータ活用を促進することで「野球界のフロントランナー」を目指すことを掲げている。

人財開発はその主要な取り組みの一つで、選手のみならずコーチ・スタッフら球団全体で力を入れている。

ここでは「主体性のある選手を育成する」ことを目的にし、そのためには指導者らもコーチングスキルとコーチとしてのあり方を学ぶことが必要であるという考えがある。

その思想は中期経営計画を施行するよりも前に定めており、2020年に総勢約120名に向けて研修を開始した。

指導者に向けては二・三軍のファーム監督・コーチ・一部スタッフが対象。

座学とグループディスカッションの集合研修のほか、フィールドでのコーチング実践の観察、コーチデベロッパーとの1on1、Webツールでの日々の振り返りを組み合わせたプログラムを展開している。

ライオンズで5年間行われている指導者研修

指導者それぞれが持っている知識と経験に加え、指導するための知識を習得することで、指導者自身も成長しながら主体性のある選手育成を目指している。

この日は今年度全5回のうち第4回目。5回目は「修了セレモニー」としてシーズンを通しての振り返りを行うため、ワークとしてはこの回が最後となった。

CAR3219フィールドでのファーム戦後に開催され、10名のコーチ・スタッフが集まった。最初に飯田光男・常務取締役球団本部長がコーチ陣に想いを伝えた。

「ここで学んだことを現場で活かしてみて、できたことやできなくて悩んだこともあると思います。でも、それは全て成長するチャンスです。指導者研修というのはゴールがないので、継続して取り組んでいってほしいです。

人を育てることは、今の我々においてとても重要なミッションです。人を育てることでチームも活発になってきますし、みんなの目標にも近づいてくる。

人が育つことによってこの研修の意味が成されると思います。今日もう一度再確認をして、この先も走り続けてください」

最初にコーチ陣へ語りかけた飯田本部長(中央)

黒田哲史コーチが示した「自分へのベクトル」

会場には3つのテーブルが用意され、各グループごとに共有し合う形式に。まずはこの研修での目標を一人ひとりが考え、言語化した。

そこから前回の学びを振り返った。間の1ヶ月半でどんなことに取り組み、どう変化したのか。お互いの”気づき”を伝え合った。

講師を務めた株式会社チームボックスの藤森啓介さんは例として、黒田哲史・二軍内野守備走塁コーチの気づきを全体に紹介した。黒田コーチは気づきとしてある期間の練習の時を挙げ、

「2日間ボリュームのある練習をしました。一生懸命練習についてくる選手もいればそうでない選手もいました。

後者の選手をどうやる気にさせるかも我々コーチの仕事だと感じました。考え方を変えれば行動も変わる。そう信じて根気強く選手に寄り添っていきたいです」と語った。

気づきの好例として挙がった黒田コーチ

その気づきの意図を問われると意識改革があったと言い、

「今まででしたら一生懸命やる選手にウェイトを置いていたのですが、学んでいくうちに『根気強く選手みんなに寄り添っていく』ことを自然に考えるようになりました」と明かした。

藤森さんは、黒田コーチの気づきの大事なポイントとして”自己へのベクトル”を向けたことで、自身に変化・成長があったことだったと解説。コーチの役目も交えながら、その意味を補足した。

講師を務めた藤森さん

「コーチの仕事とは何か。その一つは”良い習慣をつくっていく”ことです。なぜ指導するかと言うと行動変容を促したいわけですから、うまくいっていない習慣は練習や日々の行動を変えることで構築していきます。

黒田コーチの振り返りは、選手だけではなくコーチも行動変容した例です。今までの経験からつくられてきた価値観はとても大事です。ただ、その自身の価値観や当たり前を疑うことはもっと大切なことなんです。

疑ってみると違う考えがあることに気づき、次第にベクトルが自分へと向き始めます。コーチも行動変容をして、良い習慣を作っていくことが必要なので、今回ご紹介しました」

受講したコーチ陣も真剣に聞き入った

学びのピン留めとなる「振り返り」

前回での学習テーマは「傾聴と承認」だった。なぜコーチに承認力が必要かをおさらいを兼ねて藤森さんは説いた。

「承認すると主体性が高まります。承認をすることで選手は自主的に練習をし始め、続けることで自主性から主体性へと変わります。

その主体的な姿勢を皆さんが承認することこでさらに促進すると、良い人間関係の構築にもつながっていきます」

新たな学びをメモする長田秀一郎コーチ

承認の例としては、榎田大樹・ファーム投手コーチが述べたことを挙げた。榎田コーチは「当たり前を見直す」と前章で触れたことについても記しており、

「今までは『当たり前の事は当たり前にできるように』と思っていました。その考えからまずは承認する事を始め、選手の課題確認と次への取り組みに繋げてもらえるように意識を変えました」

と関係性も好循環になっていったという。その結果について所感を問われると、

「選手から自主的に振り返り、自分も承認をする。それによって選手が習慣化してくれたので、お互いに共通認識を持ちながら次の観察へとつながりました」と確かな手応えを語った。

承認することでの変化を語った榎田コーチ

藤森さんは振り返りに研修の約半分を費やした。そこには明確な意図があった。

「人は振り返りでしか成長できません。学びのピン留めなのです。振り返りをしないと、何を勉強したのか忘れてしまいます。

もし選手が覚えていないとしたら、それは振り返りをしないから。コーチから質問をして振り返らせるような環境を作っていなかったからなのです。そこを疑ってみてください」

学びで重要な振り返りにも時間を使った(写真は鬼﨑裕司・三軍内野守備走塁コーチ)

実践では「ゴール」と「キーワード」の設定

そして振り返りのあと最後のプログラムは、コーチング実践。内野・外野・投手・野手と4項目で、実際の現場を想定した指導を行った。

実践は3分間。決められた時間の中でいかに伝えるかをトレーニングし、受けた側で良かった点と改善点をフィードバックした。

藤森さんはこの実践においては”ゴール”と”キーワード”を示すように促し、コーチは全員最初にこの2つを伝えてからスタートした。フィードバックを終えると全体への共有タイムとなった。

ここで一部を紹介する。外野守備のコーチ役を担当した一人は、木村文紀・育成担当兼人財開発担当。

ゴールは「スローイングのラインをずらさない」、キーワードは「両サイドに壁があることを意識する」と設定した。

木村さんによるコーチングの様子

コーチングを受けた選手役の黒田コーチと赤澤和哉・ファームヘッドコンディショニング担当が終盤で振り返りを行い、言語化した内容を木村さんに伝えた。

「オープニングの説明が分かりやすく、ゴールとキーワードも明確な一方で、その中で承認の部分が薄かったのではないかと言ってもらいました。

自分としては時間を見ながら振り返りをする余裕がなく、クロージングまで回らなかったと感じました」(木村コーチ)

自身でもフィードバックを行った

藤森さんも木村さんの様子を見て感じたことを直接伝えた。

「時計を見るのがコーチングの終わる数秒前でしたが、時計が見える位置に立つことも必要です。というのも、自分のポジショニングもコーチングではとても重要な要素になります。

どの位置に立って選手と会話するのか、ここで言えば時計を見るためにはどこに立ってコーチングをしなければならないか。そういった意識も今後必要になります」

もう一人は武隈祥太・バイオメカニクス担当。武隈さんは打撃のコーチングを行った。設定したゴールは「打撃で一軍に上がる」・キーワードは「超アッパースイング」とした。

打撃部門を担当した武隈祥太・バイオメカニクス担当。

その意図について問われると、

「僕が設定を入れ込んで、あえて選手を制限する状況をつくりました。その設定というのが打球角度に特化させて、”アッパースイング”にしました」と語った。

あえて制限をかけたと言う武隈さん

藤森さんは、このコーチング法について良い点を挙げた。

「制限したというのが良いと思いました。質問が多く飛んでくるとさまざまな回答が返ってくるので、自分でコントロールできないコーチングになります。

コーチは制限をしっかり設けた上で指導することが大事なので、オープニングなどで『これから〇〇をやります。そのためにはこのポイントを押さえてください』と宣言した方がいいです。そうすれば他の動きは起きないので」

その後はこの回の学習テーマ「フィードバック」を学び、研修を終えた。

研修を導入して今季が5年目、現在では「コーチとしてやっていくなら学ばなければならない」という意識がチーム全体に浸透している。

指導を受けた選手からは「悩んだときに質問しやすい雰囲気がある」・「相談した際に答えをくれるのではなく、引き出しを開けてくれる」などの声が挙がり、選手の成長に確実に寄与している。

”人を育てる”を実践し続けるライオンズは、今後フロントランナーとしての階段を駆け上がっていく。

(おわり)

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