
「自分は神戸にこだわっているんです」元オリックス・小川博文さん 現役生活16年で得たものとずっと持ち続けている”神戸愛”
現役16年で「野球においての財産ができた」
02年・03年と出場機会が徐々に減っていくと04年は一度も一軍のグラウンドに立つことができずにベイスターズを退団することになった。まだまだ完全燃焼できていない。その想いからトライアウトを受けるもオファーはなく、現役生活にピリオドを打つ決断をした。
プロ通算16年で1720試合に出場し、1406安打・本塁打はちょうど100本の成績を残した。野球史に名を残す数々の名将の下でプレーし、日本一も経験した。16年の現役生活をこう振り返った。
「小さい頃から野球が好きで、プロ野球選手になりたいと思いその夢が叶った。そこである程度の成績を残せて、本当に幸せな時間だったなと思います。苦労も多かったですけどね。
でも、プロに入っていろんな経験して、いろんな人と出会って自分の財産ができた。財産っていうのはお金じゃなくて、自分の野球に対しての財産というのができました。
達成感はあまり感じられることはなかったですが、自分によくやったなと思えるプロ野球生活でしたね」

競争が激しいプロ野球の世界。成績を残せなければその世界を去らなければならない。そんな競争社会を生き抜いた要因は何か。小川さんは即答した。
「負けん気。絶対成功してやる、絶対レギュラーになってやる。そういう気持ちが強かったです。プロでとにかくレギュラーに出たいんだという、その一心ですよ。もちろんファンや家族に感謝する。それは当たり前です。とにかく何が何でも一軍で生き残るんだ。その気持ちが強かったと思います」
これからも続く神戸への想いと愛
小川さんを語る上で外せないのが神戸の地。第1回で触れた、グリーンスタジアム神戸(現:ほっともっとフィールド神戸)の開場は小川さんの誕生日と同じ3月6日。オープン1年目の88年にソウルオリンピックの日本代表としてプレーし、プロになって本拠地となった。
95年の阪神・淡路大震災で甚大な被害を経験しながらも”がんばろうKOBE”の下、リーグ連覇・日本一を達成し喜びを分かち合った。
01年に横浜に移籍してからも、アンダーシャツに”がんばろうKOBE”と記し、神戸への想いは片時も離すことはなかった。そして04年に引退後、オリックスのフロントとして復帰し再び居を構える神戸へ帰ってきた。
チームは大阪に拠点を置いているが、今も神戸から通勤している。
「神戸大好きです。神戸愛ですよ。街並みもすごく好きで、夜景も綺麗で本当におしゃれですよね。何より球場が最高です。緑の中にスタジアムがあって、照明に照らされると芝の緑が映えて。
グランドキーパーさんが水を丁寧にまいてくださって。黒土の天然芝で1ミリも誤差がないようにまっすぐ刈られている。こんな素敵な場所で野球ができるなんて最高でしたよ」
今も昔も神戸を愛する気持ちは変わらない
そして神戸の方達の温かさを感じ続けてきた。震災を実際に経験し、崩壊した街が復興してきた過程を共に感じ、共に見てきた。だからこそ感じる想いがある。
「96年の優勝パレードの時、まだ震災から2年でしたので瓦礫など爪痕は残っていましたし、心の傷は一生続いていくと思いすごく複雑な気持ちでもあったんです。
それでも神戸市民の皆さんからは前を向いていましたし、僕らが逆に背中を押してもらいました。もう涙が出ますよ。これから神戸がどう進化していくかを最後の最後まで見ていきたいです。だから自分は神戸にこだわっているんです」
「勝負の世界にずっと身を置きたい」
現在、小川さんはバファローズジュニアの監督を務めており、子どもたちに野球の楽しさ・大切さなどを教えている。
12月下旬に「NPB12球団ジュニアトーナメント KONAMI CUP 2023」を控えており、今もユニフォームを勝負の世界に身を置いている。また小川さんがコーチなどで復帰し、ジュニアで共に戦った子どもたちがいずれバファローズに入団し、プロの舞台で同じユニフォームを着て戦うことも決して夢ではない。

「自分は勝負の世界で生きてきたので、ずっとこの世界に身を置きたいと言うのはあります。今は短期間ですけども、子どもたちの成長を見届ける。その中で僕も今の時代に合わせて勉強しなければならないし、子どもたちに教えてもらうこともたくさんあります」
小川さんのこれからの野球人としての夢は神戸・大阪の地で無限に広がり、現実に叶うべき方向へと向かっている。
(おわり)
【関連記事】
「失敗はナンボでもどうぞ。もっと楽しくやろう」オリックス・バファローズジュニア 小川博文監督が子どもたちへ育む”意欲”と”自覚”
「言葉の力というのはとても大きいです」オリックス・バファローズジュニア 小川博文監督 自身の考える指導法と子どもたちへ贈った言葉
元オリックス・小川博文さん 西宮で名将と過ごした原点の2年間「上田監督が僕を見てくださって抜擢してくれた、本当に感謝」