身体障がい者野球「千葉ドリームスター」土屋大輔 逆境を乗り越える反骨心

 自信になった一人暮らし

右腕が使えないというコンプレックスを抱えながら、自らの行動で徐々に気持ちを切り替えていった。特に大きかったのは大学入学後だったという。

「一番最初に『頑張れるかな』って思うようになったのは大学生の時です。親の協力もあって一人暮らしを始めたのですが、生活をいろいろ工夫しながら4年間過ごして。

これを続ければ、ちゃんと働いて生活していけるだろうと感じました。まず一人暮らしできるようになったことがすごく大きかったですし、自信になりましたね」

大学を卒業後、千葉県内の市役所に就職。休日にはフットサルを始めた。地元の同級生とチームを作るなど、精力的に体を動かす。仕事と運動を両立し、コンプレックスを徐々に乗り越えていった。

33歳、野球への挑戦

好きなスポーツを続ける中、転機が訪れる。2011年2月に読売新聞に掲載されていた市川(現:千葉)ドリームスターの選手募集記事に目を引かれた。

チームを知るきっかけとなった選手募集記事
(11年2月25日 読売新聞紙面より)

ただ、やってみたいと思う一方で学生時代を通じて野球の経験がなかった。障がいも右腕であるため複雑な思いを抱いていた。

「野球はすごく好きなんですけど、まさか片手で野球ができるってことは考えていませんでした。ただ、気持ちのどこかにずっと残っていて。『やってみたいな』って」

バットもグローブも持っていない。でもなんとなく募集の記事は切り抜いて取っておいた。約3か月後、心の奥底に引っかかっていた想いが動き始めた。

7月頃、思い切ってチームに連絡をして練習に参加した。そこはどんな光景だったのか。

「左手なのでボールも投げられなかったんですけども、試しに見てみようと思い行きました。来てみると自分より障がいの重い人たちもいたのですが、みんな明るく野球をやっていたんです」

入団時に感じた明るい雰囲気は今も変わらない

その時は、同じ身体障がい者野球チームである「東京ブルーサンダース」の選手たちがサポートに来てくれていた。片手でのプレーを間近で見たときの心境を交えて続けた。

「初めて来た時に、片手でプレーするための工夫をいろいろ教えてもらいました。『絶対俺にはできないな』って思うプレーを見せられてとても衝撃を受けたのですが、同じ障がいを持っている人のいいお手本を見て刺激になったのでやってみようと思いました」

当時33歳。“オールドルーキー”の野球人生が幕を開けた。

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