身体障害者野球 滋賀ビッグレーク 井上光紀 「気持ちで向かっていきました」全国大会で王者相手に見せたマウンドさばき

身体障害者野球チーム「滋賀ビッグレーク」の井上光紀選手。

少年時代から待ち焦がれていたグラウンドでのプレーを18歳で果たし、以降は研究も重ねながら力を培ってきた。

そして強い想いを持つ日本代表入りをアピールするべく、昨年秋の全国大会では選抜チームに立候補した。ここでは、2試合を通じて投打共に周囲を沸かすパフォーマンスを見せた。

(取材 / 文:白石怜平、以降敬称略)

全国大会で本塁打を放ち、チームを準決勝に導く

野球を始めた時から変わらず持ち続けている目標が、”日本代表に選ばれること”。それは6年半頭から離れることなく、日々の練習のモチベーションとなっている。

これまで日本代表でプレーしている選手は、みな全国大会で活躍することで選抜者の目に留まっていた。しかし、滋賀は全国大会への出場が18年春と23年春のみ。

そのため、自身のプレーを見てもらう機会がどうしても必要だった。そんな井上にまたとない機会が訪れたのが昨年秋だった。

11月に行われた「第25回 全国身体障害者野球選手権大会」。ここでは5年に一度「ワイルドカード」という制度が適用されている。

同大会では地区7ブロックで優勝したチームのみが参加資格を得られるが、ワイルドカードは参加チーム以外でも希望選手を募集し、「選抜チーム」として大会に出ることができる。

5年に一度の「ワイルドカード」では、全国の選手に出場のチャンスがある

「日本代表になるには、全国大会でアピールが必要」と考えていた井上にとって絶好のチャンスだった。

強く抱いている目標を手繰り寄せるため、自ら手を挙げて参加を表明した。他にも選抜チームは東北から四国まで、己の実力を見せたいと15人が集まった。

昨年秋の全国大会で結成された選抜チーム「Nexus」(写真下段左が井上)

「Nexus」と名付けた緑のユニフォームに袖を通し、初めて秋の大会の舞台に立つことになった。

「大会に出られる喜びですごくワクワクしていましたし、絶対優勝する・アピールするぞという気持ちで臨みました」

その言葉通り、井上はマウンドと打席で躍動した。初戦の新潟シリウス戦では3番・中堅でスタメン出場。

この試合では、打者として主軸の働きを見せた。0−0の3回、1死2塁で打席が回るとライト前に弾き返し、先制点をもたらした。

ここで終わらず、最大の見せ場が次の打席にやってくる。1点リードを保った5回表、1死1・2塁で打席を迎えた。3球目を振り抜くと打球は右中間寄りへと飛び、中堅の頭を超えた。激走を見せた井上は本塁へと滑り込んだ。

逆方向へ本塁打を放った

「打撃はできすぎるくらいでした。本塁打の打席ではセンターから右方向を狙っていました。柵越えを狙おうとすると、力んでポップフライか三ゴロになってしまうので、逆らわずに打とうと」

ランニング本塁打で3点を加えたNexusは、井上の全打点で勝利。準決勝進出へと導くとともに、全国大会で再びプレーするチャンスを自分の実力で掴み取った。

ナインからも大喜びで迎えられた

強力打線の王者相手に2失点の完投

勝ち進んだ2戦目、今度は投手として輝きを放つことになる。対戦相手は岡山桃太郎。岡山は、本大会を今年も優勝するなど5連覇を達成している全国No.1とも言えるチーム。

世界大会で5人の代表選手を輩出しており、昨年9月に世界一の原動力となった選手たちが揃っている。これ以上ないアピールの舞台が整っていた。

Nexusの指揮を執った林啓介監督(東京ジャイアンツ)が初戦の夜、井上の部屋へ行って先発投手であることを直接言い渡した。

本来であれば、名の知れた格上が相手になると相手を過剰に意識してしまいがちであるが、強いハートが武器の若武者にとってはむしろエネルギーとなっていた。

「もう楽しみで仕方なかったです。夜に岡山戦の映像を見ていたので、シミュレーションしていました。朝5時に目が覚めたのですが、コンディションはすごく良かったです」

ワクワクしながらマウンドに上がった

実はこの年、春の全国大会で岡山と対戦していた。井上は同じく先発投手を務めたが、打ち込まれて敗戦を喫していた。

「5月に打たれて負けているのでリベンジしたい気持ちがありました」そんな想いも込めて、この日もまっさらなマウンドに立った。

持ち前の強気な投球で日の丸戦士にも臆することなく、この試合では相手打線を封じ込めていった。

「緊張しないタイプなんです。気持ちで向かっていきました。何度も三塁にランナーを置きましたけども、バッターを抑えることだけを考えていました」

6回完投で2失点と、代表選手相手に見事な投球を見せた

3回に本塁打を浴び2点を先制されるが、以降もスコアボードに0を刻み、「途中ベンチがざわついていました(笑)」と語るほどの投球内容を披露。

チームは敗れてしまうものの一人で投げ抜き、6回2失点という堂々たる結果を残した。岡山はその後の決勝で11点を挙げており、井上の好投が光った試合だった。

実は本塁打を浴びた相手こそが、井上にとって憧れの選手だった。

「岡山の浅野僚也さんのような選手を目指していて、一緒に日の丸を背負ってプレーしたいんです。本人も直接言ったことがあります(笑)。春に神戸で初めて対戦できたのですが、3安打しかも本塁打も打たれてしまいました。

選手権では、三振を奪いに行ってインコースの真っ直ぐで見逃し三振をとったのですが、次の打席で本塁打と三塁打を打たれました(苦笑)」

と対戦の裏話を明かしてくれた。

井上が憧れる浅野僚也(岡山桃太郎)

「滋賀そして日本を盛り上げていきたい」

日本代表選手が集う全国大会の場で、2試合にわたり投打で実力を見せた。

「あの選手権大会ではアピールできたと思います。本当に楽しかったに尽きますね。今でも思い出すくらい鮮明に覚えています。

ここから飛躍してやるぞという気持ちですし、解散する時に『僕は日本代表選手になります』とみんなに宣言しました」

と日の丸へ気持ちがさらに高まった。またNexusでの2日間は、さらにスキルアップを図れた期間でもあった。

「林監督にカーブの投げ方を質問しました。『投げる時に腕が緩んでしまうんです』と聞いたら、『壁があるように』と横に立ってくれて指導いただきました」

林監督は、投手としてロッテと阪神で計8年プレー。NPBも経験した指揮官のその教えは的確で、

「今はそのアドバイスのおかげでカーブが一番いいと周囲に言ってもらっています」と、一つ武器をマスターした。

林監督から受けた指導で球種が増えた

井上は今も自分と向き合い、その技術を磨いている。更なるステップアップに向けて取り組んでいることを明かしてくれた。

「投手では自分がマウンドでどれだけ落ち着いて、コースに投げ分けられるかをテーマにしています。四球を出さないことが一番大事だと思うので。

打者としてはカウントを作れること。それで甘い球が来たら本塁打にできるよう長打力も上げていきたい。

あとは肩には自信があるので、健常者のチームでプレーする時も投手の他に外野と一塁、あと捕手もやっていますので、どこでも守れるようにしたいしたいですね」

大きな目標に向けた挑戦は続いていく(本人提供)

目標は日本代表と公言する24歳。当然ながらその先も見据えながら、地元のことを考えている。

「国を背負ってプレーすることもそうですが、チームとして全国大会にで続け、滋賀県を盛り上げたいです」

将来滋賀から日の丸を背負い、藍色のユニフォームで躍動する日はそう遠くないはずである。

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