
「”夢を追うアスリート”として伝えていく責務がある」三浦優希 積極的な情報発信に秘めた意図と日本アイスホッケー界への提言
海外から見た日本のアイスホッケー界の課題とは?
三浦は海外で実力をつけ、チームでレギュラーを張る選手へと成長していった。その活躍は当然日本にも届いていた。
18年の平昌五輪に出場するべく16年7月の合宿から代表予選のメンバーに入り、9月の予選を戦った。悔しくも五輪出場はならなかったが、26年のミラノコルティナ五輪(イタリア)で、父・孝之(長野五輪のアイスホッケー日本代表)も背負った日の丸の一員として戦う目標も掲げている。
そんな三浦に日本のアイスホッケーについて伺ってみた。海外を知る立場として意見を述べた。
「とても難しい部分になると思うのですが、海外と日本を比べて何が一番大きい差になってるかと言いますと、レベルに適した試合を数多くこなせていないことが課題の一つではないかと思います」

日本では様々なレベルのチーム同士が対戦するが故、実力差のあるチーム同士で対戦する場合、大差がついてしまうことが多々起こる。その結果、実戦を通じての成長が難しい環境になっていることを危惧している。
「ただ、みなさんが知恵を出し合ってたくさん工夫されていると思います。例えば、”地域ごと、レベルごとのリーグを作っていこう”であったり、”世界で活躍できる選手を今後輩出するプログラムをつくろう”などと、いう環境整備ができるとより良くなるとも考えます。
その実現には乗り越える課題が合ったり、時間もかかると思います。資金面の問題もあります。僕もここで諦めたくないですし、より良いアイスホッケー界になるために少しでも貢献していきたいと思っています」
日本は自国開催だった98年の長野五輪以降、五輪に出場できていない。その扉は三浦がその一員となって切り拓こうとしている。
そして次回の最終回、5月からビジネスマンとの”二刀流”になったお話について取り上げていく。
(つづく)
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