「”夢を追うアスリート”として伝えていく責務がある」三浦優希 積極的な情報発信に秘めた意図と日本アイスホッケー界への提言
アイスホッケー世界最高峰のNHLへの挑戦を目指し、現在はMinnesota Wild傘下のECHL所属のIowa Heartlandersでプレーする三浦優希選手。
これまで数々の挑戦を特集してきたが、その考えやマインドセットはまさにその過程で築かれていったものだった。そして現在積極的に行なっている情報発信にも繋がっている。
本編では、その考えが醸成されたプロセスや発信に向けた想いなどを伺った。
(取材協力:LeadOff Sports、取材 / 文:白石怜平 ※以降、敬称略)
経験の中で培った”決断の哲学”
第1回で触れた通り、三浦は17歳で単身チェコへと渡りここから海外挑戦がスタートした。「何かに迷ったら難しいと思う方を選ぶ」ことを “決断の哲学”として掲げている。
ここではプレー面からは離れ、その哲学のルーツを紐解いていく。現在の姿からは想像つきにくいが、日本で活動していた時は変化を恐れず挑戦するタイプではなかったという。
「やはり一番大きいのは早実を自主退学してチェコに出た経験でした。そこからアメリカへと移ることに繋がっていきましたが、どちらにも共通して言えるのは、『環境を変えると、その時には想像もしてなかった新しい選択肢が自分の前に現れること』で、そこに気づけたのが一番大きかったです」
チェコに行ったことで所属したU-20のチームからさらに上を目指し、シニアチームに入ることを目標とした。そしてオファーを受けたタイミングでアメリカのチームからオファーが来て、最高峰のNHLを目指す選択肢が加わった。
これらの選択肢は、挑戦をしなければ現れることはなかったものだった。
「自分の想像もつかないような道が現れる方法は、難しいと思う方に飛び込むことなんだなと。自分の今までの経験や決断をもとに見出した哲学と考えています。これからも自分自身に言い聞かせることでもありますね」
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