
「1回の練習が自分のキャリアを決めていくような時期でした」アイスホッケー・三浦優希 数々の壁を乗り越え培った思考とターニングポイント
大学では”Student-Athlete”として学業にも注力
この活躍が評価され、三浦はミシガン州の「Lake Superior State University(レイクスピリア州立大学、以下LSSU)」に進学した。
同大学のアイスホッケー部は「National Collegiate Athletic Association(以下、NCAA)のDivision1に所属。つまり、最もレベルが高くかつプロに近い場所でプレーすることを意味する。
複数の大学からオファーがあったが、LSSUは「ぜひ来て欲しい」と一番最初に声をかけてくれたところであり、まだ結果が出ず苦しんでいた時期からオファーをくれていた大学でもあった。
1年でまた新たな環境に身を投じた。毎年のように居場所を変えながら適応してきた三浦。もはや環境を変えて順応するというのは”当たり前の世界”で、自然に順応していた。
大学生となった三浦は、スポーツマネジメントを専攻。卒業するために次は学業との両立が始まった。
日本の大学において体育会の学生は部活動の比重が大きくなるが、アメリカもさることながらNCAA所属の大学では考え方が異なる。
三浦は自身のnoteで詳細に綴っているが、運動部に所属している学生は”Student-Athlete(学生アスリート)”と位置づけされ、「学生の本分は勉強である」という考えに基づいている。

一定の成績・単位を取り続けなければ、練習や試合に参加できなくなることはもちろん、一週間に練習できる時間は20時間までと定められるなど、詳細に設定されている。
そして授業は当然全て英語。チェコでも英語は用いていたため1対1での会話ではさほど問題はなかったというが、大人数向けの話を理解することやディスカッションに参加するのは難しい段階だった。
それでも三浦には感謝の気持ちを持ってこう述べた。
「特に1年生の時はもう何を言ってのるか全く分からない状況でした(苦笑)。ただ、チェコにいた時のようにクラスメイトがとても親切に助けてくれましたし、あとは大学の規模が小さかったので、先生が僕を含めて一人一人に目が届いている環境でした。
なのですごくサポートを手厚くしてもらい、最終的には良い成績で4年間を卒業することができた。本当に感謝ですよね」
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