
身体障がい者野球「小笠原ミニ大杯」6回目の開催 “笑いと勝負”が共鳴する場所
3月某日、大井ふ頭中央海浜公園野球場で身体障がい者野球の交流大会「小笠原ミニ大杯」が開催された。
千葉県や東京都内の身体障がい者野球チームに加え、今年は初参加となる選手も集まり、会場は例年以上の熱気に包まれた。
(写真 / 文:白石怜平)
コロナ禍にスタートし、6度目を迎えた春の風物詩
千葉県市川市を拠点とするチーム「千葉ドリームスター」が主催する本大会は、2020年にスタートした。
ドリームスターは同県出身の元プロ野球選手・小笠原道大さんが創設したチーム。小笠原さんが巨人の主力選手としてプレーしていた08年オフ、日本初の身体障がい者野球チーム「神戸コスモス」を訪問した。
選手たちのひたむきさに感銘を受けたことをきっかけに、出身地の千葉県に当時はまだチームがなかったことから、前年から開始した少年野球大会と並行して社会貢献活動の一環で09年に立ち上げた。
地道に選手集めを行い11年から本格始動し、昨年は地区大会連覇・全国大会ベスト4を果たすチームにまで成長した。
チーム名のドリームスターは、「夢を持って野球を楽しもう」という想いを込めて小笠原さん自身で命名。創設時からゼネラルマネージャー(GM)という肩書きでチームを見守ってきた。
そしてドリームスターの“GM補佐”を務めるのが、今回名を冠した小笠原ミニ大さん。
浅井企画所属の小道具芸人で、小笠原さんのモノマネを芸の一つに持っている。全国放送の特番でも数々披露するなど、そのクオリティは野球好きの芸能人やファンを唸らせている。
小道具芸人らしく小笠原氏を模した優勝カップも自作するなど、ユニークな形で大会も盛り上げてきた。

大会をスタートさせたのは新型コロナウィルス禍がきっかけだった。
パンデミックの影響で全国大会が次々と中止に追い込まれ、選手たちが野球をする機会そのものが失われていた。
そんな中で「野球の火を絶やしたくない」という想いを抱き、形にしたのがミニ大さんだった。
自らの名を冠し、コロナ禍に野球という希望の光を射したこの大会は、今や関東の身体障がい者野球界において欠かせない春の風物詩となっている。
「この大会では自分の身体や状態、チームの調子を確認できる場にできるかと思います。他チームとの試合を通じて自らの現在地を把握し、チームのレベルアップであったり互いに切磋琢磨する場として活用してほしいです」
そう語ったミニ大さんは、小笠原さんのモノマネを披露しグラウンドを沸かせるだけではなく、試合にも出場した。大会の象徴として躍動するその姿は、選手たちをも鼓舞する“応援団長”としての役割も果たしていた。
また、エンタメ性が融合しているのもこの大会の特徴。今回もミニ大さんの計らいで、山田哲人選手のモノマネで人気の「山田別人」さんもゲストとして参加した。
ミニ大さんと同じく試合前後のパフォーマンスで会場を沸かせ、真剣勝負を終えた選手たちの充実感をさらに引き出す存在となった。

なお、小笠原さん本人も第1回から大会に協力している。優勝チームから選出されるMVPには直筆サイン入りの賞品を寄贈しており、今年は中日の二軍監督時代に製作されたTシャツが用意された。
24年には会場へと訪れ、選手たちが全力プレーをする模様を視察。その際、選手たちに直接エールも送っている。
ドリームスター16歳のホープがMVPに
参加チームは主催する千葉ドリームスターに加えて、「東京ブルーサンダース」「東京ジャイアンツ」という東京の2チームが参加した。
いずれも全国大会に出場経験のあるチームであり、ドリームスターは5月に神戸で行われる「全国身体障害者野球大会」に出場が決まっていることから、2チーム編成を行い競争を促した。
その中でも新しい風が大会に吹かれていた。埼玉県に拠点を置く「埼玉パラライズ」から2名の選手が参加した。パラライズは14年に結成されたチームで、「日本身体障害者野球連盟」への加盟を目標に活動を続けている。
ドリームスターとはパラライズ結成から交流があり、実戦経験を重ねたいと希望した選手たちが参加を名乗り出た。過去には女子軟式野球チームも参加するなど、交流を深める場にもなっている。

埼玉パラライズの選手たちも参加した
そんな大会で輝きを放ったのがドリームスターの宮原龍星選手だ。現在高校1年生の宮原選手は先天性の体幹機能障がいがあり、出身地である広島県の身体障がい者野球チーム「広島アローズ」でプレーしていた。
現在ドリームスターでコーチを務める父・利通さんの転勤に伴い、一昨年に親子で入団した。

本職は投手であるが、この日は打席で活躍を見せた。決勝戦はブルーサンダースとの一戦となったが、序盤は相手先発投手の小貫怜央選手の前に得点を奪えずにいた。
小貫選手は車いすソフトボールそして車いすハンドボールの2競技で日本代表に入る選手でもある。身体障がい者野球では投手としてマウンドに上がり、ドリームスターの主力選手たちを手玉に取っていた。

0−0と投手戦の様相を見せた中、先制点そして追加点の口火を切ったのが宮原選手だった。3回先頭で打席に立つと、しっかりとボールを見極めて四球で出塁。先制のホームを踏むと、この回4得点の猛攻につなげた。
打者一巡した次のイニングでも先頭打者として打席に立った宮原選手はここでも四球を選ぶと、さらに4点を呼び込む起点をつくり、チームの勝利そして優勝への原動力となった。
「本当に球が速かったので、打席で見極めるのに必死でした。なんとか塁に出て得点につながったので本当に嬉しかったです」

決勝戦での活躍が評価され、MVPに輝いた宮原選手。
準決勝で投手として登板した際はまだ課題を感じていたそうで、「ピッチャーとしてしっかり1イニングは投げ切りたいですし、今年はチームに貢献できるようにこれからも頑張っていきます」と、16歳の向上心を見せた。

身体障がい者野球発展の後押しに
グラウンドから選手の様子を見ていたミニ大さんは、大会が年々進歩していることに手応えを持っていた。
「雰囲気は各チーム若い選手が増えてきている印象を受けていて、活気を肌で感じていました。少しずつではありますが認知度が高まっていると実感しています」

会場となった大井ふ頭中央海浜公園野球場は数面にわたって球場が広がっていることもあり、通りすがりの野球人が立ち寄るなど観客が自然と増える光景が見られた。
車いすの選手が打席でフルスイングを見せ、守備で打球に飛びつく選手、そして下肢障がいのある打者に代わって走る「打者代走制度」を用いて全力で次の塁を狙う姿勢に、観客からは惜しみない拍手が送られていた。
第6回を終えた「小笠原ミニ大杯」は身体障がい者野球が持つ可能性を、今年も強く表現してみせた。最後に改めて選手たちに向けてのメッセージを述べた。
「引き続き楽しく・ケガなく参加して、ガッツさんが提供してくれるMVPの景品を狙いに来て欲しいです。意味の深い大会にするためにも、選手の皆さんには常日頃から高い意識を持ちながら、かつ元気に過ごしてください!」
身体障がい者野球の認知向上や環境整備など、発展に向けて一歩ずつ前に進められているのは、関わる方たちの想いである。今年もまた「小笠原ミニ大杯」は確かな熱量を残した。

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