
日韓ドリームプレーヤーズゲーム開幕特集(前編) 時代と国境を越えた真剣勝負は両国の絆から実現した夢舞台
11月30日(日)に、「日韓ドリームプレーヤーズゲーム2025」が開催される。
昨年7月に「ES CON FIELD HOKKAIDO」で行われた一戦では、かつて国際試合の頂点を争った日本と韓国のOBが再び集まり熱戦が繰り広げられた。
そして今年も北の大地で熱気が復活し、両国の絆がさらに深まる日が訪れる。
今回はこの夢の舞台が完成する秘話を紐解くべく、日韓双方の立場を熟知するファイターズ スポーツ&エンターテイメントのクォン・ジェウ(KWON JAEWOO)さんにお話を伺った。
(写真 / 文:白石怜平)
先人たちへの敬意と夢を形にした一戦
日韓ドリームプレーヤーズゲームは、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)や五輪などで熱戦を繰り広げてきた日本と韓国のレジェンドOBによる夢の一戦。
両国の野球史を築き上げてきた偉大な野球人が再び「ES CON FIELD HOKKAIDO」に集結し行われる。
昨年7月22日(月)に行われた試合では、29,192人の大観衆が歴史的一戦に熱狂し再び夢を見た。
開催に向けては、昨年は日本のプロ野球が誕生してから90周年という節目の年であり、先人たちへの敬意と感謝を込めることに加え、野球を通じた国際友好親善に貢献したいという願いがあった。
クォンさんはさらに聞いた話があるとして、ある方たちの想いがあると紹介してくれた。
「ES CON FIELD HOKKAIDOの建設に携わっていた方たちが、映画の『フィールド・オブ・ドリームス』のシーンにあります、『球場を造ることで、憧れの選手たちがここでプレーしてくれる』という夢を描いておられたと。
昨年は翌日にオールスターゲームもここエスコンフィールドで開催されましたので、現役そしてレジェンド選手たちが一堂に集結したら、夢が広がるのではないかという想いから始まったと聞いておりまして、まさにそれが形になったと感じています。
私も映画を見ながら、当日の雰囲気と照らし合わせてすごく感動しました」

24年の春から開催に向け本格始動
第1回目開催にあたり、最初に構想が共有されたのが23年の冬。当時クォンさんはKBOのSSGランダースのスタッフとしてファイターズと情報交換を行っており、その一つとして構想を聞いた。
ファイターズの想いに賛同したランダースが韓国側の窓口となり、24年の春から本格的に実現に向けて動き出した。7月開催に向けて約4ヶ月という期間の中、クォンさんは各所のハブとして調整に奔走した。
「選手や応援団への説明やビザの手配などを行いました。特に日本と韓国をつなぐグローバルな事業ですので、チケットや放映権に関することも私が担当しました。
そういったさまざまなタスクを同時に並行して進める必要がありましたので、スピード感を高めるためにファイターズの方々と毎週定例ミーティングを行ったり、チケット販売会社などとも頻繁に会話を重ねていきました」

韓国球界でも熱い応援は文化として定着している。昨年7月の大会でも三塁側内野スタンドからの応援歌と声援で、真剣勝負の雰囲気を創出していた。
その実現にも尽力したクォンさんだが、応援団にまつわる逸話を披露してくれた。
「応援団の皆さんは前日も現地で試合があって、試合が終わって、当日朝の便で駆けつけてくれました。そしてその翌日には帰国して、次の韓国での試合でも応援活動を行っていました」
金寅植監督も再燃した勝負師の魂
クォンさんは、レジェンドOBに出場をオファーする役割も担っていた。受けた選手たちの反応を以下のように語る。
「選手の皆さんは、国の代表に改めて選ばれたような想いだったと言ってくださいました。
監督も含め選手のみなさんも、久しぶりに国の代表としての誇りを持って同じユニフォームを着てグラウンドに立てることに、期待感や喜びを感じていました」
この試合に最も気持ちが入っているのが、今回も指揮を執る金寅植監督。昨年も前日に全体練習を行うなど、並々ならぬ想いを込めていた。
「監督は昨年、『自分が代表監督としては日韓戦の成績が5勝5敗だったから、日韓ドリームプレーヤーズゲームで勝って6勝5敗にしたい!』と話しておられました。
昨年負けてしまったので『今年絶対に勝ってタイにするぞ!』と意気込んでいますよ!」

金監督は今年も来る一戦に向けて早くも準備を重ねており、クォンさんもある相談を受けていたという。
「参加選手のラインナップを見て私に『ピッチャーが少し足りないんじゃない? もう何人か欲しいな』であったり、『チームで練習しなくて大丈夫か?』 などと言っていました。
選手たちも韓国のスター選手でしたので、多忙で出場するかどうかを悩んでいる方もいたのですが、そこで監督自らが『力を貸してほしい』と直接連絡していました。選手は監督からの熱い想いを聞き、出場を即決した方もいましたね。
今年もエスコンフィールドで全体練習を行う予定で、韓国側としてはチームとして士気をさらに高めて臨む考えでいるそうです」

昨年の終了後すぐ寄せられたさまざまな反響
昨年は実施が決定してから約4ヶ月という短い期間ながら、日韓両国の関係者の想いが一つになり、開催が実現した。
多くの期待の中行われた試合は、プレーボールから真剣勝負の雰囲気が自然と醸成された。
韓国そして日本の応援団、そして3万人近い大観衆が声援と拍手を両チームに送り続け、選手たちも現役時代と変わらぬ全力プレーを見せた。
日本代表の4番として出場した稲葉篤紀さん(現:北海道日本ハムファイターズファーム監督)は、現役時代に球場を沸かせた“稲葉ジャンプ”の応援を受け初回に同点タイムリー放ち、「稲葉ジャンプのおかげで打つことができました」と喜びを表現した。

そして、稲葉さんとクリーンアップを組んだ小笠原道大さんもファイターズ時代の横断幕と応援歌を背に受け2安打を放つ。
低めの球を下半身の粘りでヒットゾーンへと運ぶ技術をここでも披露した背番号2は、「応援は聞こえていたので自然と気持ちも入った」とスタンドからの声援が力になったと語った。

試合を終えてからは両軍の選手が再会を喜び、互いのプレーを讃え合うなど笑顔と感動の幕切れで終えた昨年の日韓ドリームプレーヤーズゲーム。
終了後もさまざまな反響を呼んだ。クォンさんは、まずは現地で体験した選手やメディアでの反応を明かしてくれた。
「まず、韓国の選手たちは試合に敗れたことをとても悔しがっていて、『来年こそ必ずリベンジしたい』といったメッセージもいただきました。
そして、この試合が両国でとても認知されたと感じましたね。というのも、今年に入り、日本と韓国両方のOBから、『大会があれば出たいです!』と先にお声がけをいただいていました。
日本もさることながら、韓国メディアの皆さんもこの試合をたくさん報道してくださって、放送局からも『もし来年も開催したら、ぜひまた放送を担当させてもらいたい』というリクエストもいただきました」
そしてその反響は国境を越え韓国にもしっかりと届いていた。その様子についても続けて語ってくれた。
「実は試合が行われた日、韓国が大雨だったそうなんです。月曜日は日本と同じく公式戦がない曜日なので、多くの国民の方々がテレビなどで試合を観てくださったと。
『試合内容が素晴らしかった』とか、『往年のスター選手のプレーを久しぶりに見て嬉しかった』というコメントがたくさん届きました」
両チームを率いた原辰徳監督・金監督もそれぞれ、試合後のセレモニーで
「この試合を第1回としてですね、お互いかなりの使命を持って今日戦いました。これを2回・3回と続けていけば野球界の発展につながると信じています」(原監督)

「これからも両国で親善試合を続けながら、いい試合にすることをお約束します」(金監督)
と球界そして両国発展のためにメッセージを送っており、2回目の開催はもはや“もちろん行われる”ものとして共通認識が生まれていた。
(つづく)
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