東京パラ見据え、コロナ禍での有観客大会「第32回日本パラ陸上競技選手権大会」初日は好記録も2日目は荒天に泣く
3月20日~21日の2日間、東京・駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で「第32回日本パラ陸上競技選手権大会」が開催された。
公式試合は、昨年9月5日~6日に埼玉県熊谷市で行われて以来約半年ぶり。かつ今大会は、半年後の8月に控える東京パラリンピックの出場権(世界ランク6位以内で選考)をかけた重要な大会である。そして、コロナ禍になってから初の「有観客(上限5000人)」で行われた。
入場にあたり、マスク・消毒はもちろん、直近2週間分の検温も要請され、座席は2m以上の間隔をあけての観戦となり、選手・報道陣同様に、観客にも感染対策が徹底された。
初日は1032名の観客が競技場に集まり、久々にスタンドから選手たちのプレーに熱視線を送った。しかし2日目はかつてない荒天に見舞われ、雨と風が終日止むことがなくテントが揺れるほどの強風も吹き荒れた。
3つのアジア新記録が樹立された
20日の初日、会場の最高気温は18℃で天気は曇り。寒さや雨がなく動きやすい状況が整い、観客の手拍子も選手にとって大きな力となった。
兎澤朋美・走り幅跳びT63
女子100m T63の兎澤朋美(日本体育大学)は16秒22をマークし、自身の持つアジア記録16秒39を更新。翌日には東京パラリンピックに内定している走り幅跳びにも出場し、追い風参考記録ではあるが、こちらも自らのアジア記録4m44を上回る4m52を記録した。これまで経験した中で1番・2番と言えるほど難しいコンディションのなかで結果を残した。
「助走をしっかり走れるようになり、踏切や空中動作の技術的な進歩もできている。自分の理想に徐々に近づいている」と兎澤。
湯口英理菜・100m T61
女子100m T61では、湯口英理菜(日本体育大学)が18秒95をマークし、こちらも自身の持つアジア記録を更新した。日本で唯一の女子両足大腿(だいたい)義足である湯口のクラスは世界でも競技人口が少ないためパラリンピックでは競われないが、湯口は今大会も1名で出場し戦い続ける姿勢を見せた。
大矢勇気・100m T52
そして、3つ目のアジア記録更新は男子100m T52の大矢勇気(ニッセイNC)。
タイムは17秒19を記録。自らのアジア記録を0秒05上回った。19年に出場した世界選手権(ドバイ)の決勝でも4位に入賞し、すでに東京パラリンピックに内定している。現在の状態は7割と語った大矢は、8月の本番に向けさらに調整を重ねていく。
荒天による影響でタイムが伸びず
翌2日目は、前日とは打って変わって悪天候が選手たちを襲った。大雨に加え、前日の2倍以上となる最速3.8m/sという強風の影響で、各競技とも満足のいくパフォーマンスが出せない状況となり、無理をせず欠場をきめた選手もいた。
新記録は、男子走幅跳のT13 福永凌太(中京クラブ)が6m59をマークした。この記録は19年の世界ランキング10位相当であり東京パラリンピック内定基準を満たすことはできなかった。
佐藤友祈、clubhouseでファンを集め力に!
男子400m T52と1500m T52の世界記録保持者で東京パラリンピックに内定している佐藤友祈はこの2月にモリサワと契約、プロに転向した。有観客の機会にclubhouseやLINEなどのSNSで呼びかけファンを集めて挑んだ。
「シーズンインした時期の大会の中では過去一番いいレースができた。400mと1500mで金メダル、世界記録を更新します」また、「多くの方が興味を持って現地へ足を運び、ライブ配信でも映像を見てくださり力になりました。だからこそ、この2日間で記録を更新するつもりで走っていました」と集客による手応えを口にした。
若生裕太、スタンドの声援を受けるも距離のびず
注目したのは男子やり投 F12の若生裕太(関東パラ陸協)。昨年の関東パラ陸上で日本記録58m40をマークし、世界ランク4位に入るべく臨んだこの大会。
競技が始まると、久しぶりの観戦機会に応援に駆けつけた学生時代の仲間たちのいるスタンドに向かい「手拍子をお願いします!」と呼びかけ自身を鼓舞した。しかし、天候の影響で距離は伸びず51m27と自己ベストには及ばなかった。
終了後の会見では、悔し涙で声を震わせながら言葉を絞り出した。「自信持って臨んだのですが記録につながらず、不甲斐ない結果に終わってしまって本当に悔しいの一言です」
樋口政幸、まだこれからが本番
悪条件の中、ベテランの強さを見せたのが男子T54の樋口政幸(プーマジャパン)。
800m・1500m・5000mに出場し、3種目全てで優勝を果たした。いずれも「天気のおかげ」と、周りが苦しんでいた天候を味方につけた。
800mでは東京パラに内定している鈴木朋樹(トヨタ自動車)をとの争いを制し、「スタートでは勝てないので、鈴木選手を追いかけていき、雨で滑り出したら捉えられると思ってチャンスを待っていた」と落ち着いた走りを見せた。
南スーダン初のパラリンピアン
今大会最も注目された選手が男子100mT47と200mT47で優勝した南スーダンのクティヤン マイケル・マチーク・ティン(以下、マイケル)。南スーダンの陸上競技選手団は19年11月から5人(コーチ1人、選手4人)が同国のホストタウンである群馬県前橋市でキャンプをしている。
南スーダンではオリンピックとパラリンピックで組織が分かれていないためマイケルは南スータンのオリンピック選手団のの1人としてキャンプ地へ赴いていた。昨年からのコロナ禍で国際大会の中止が相次ぎ、マイケルが出場機会を失っている状況を鑑みた日本パラ陸連は、出場資格を変更し特例で今大会への参戦が実現、パラリンピック3大会出場の銅メダリスト多川知希とのレースで競り勝った。
競技後には前橋市スポーツ課の桑原和彦課長が会見に応じ、「マイケルが出場できるという予定の下、我々も支援している。今後もパラ陸上の大会に出場してほしいと」とコメントした。
もしパラリンピックに出場が叶えば、マイケルは南スーダンにとって初めてのパラリンピック選手となる。ホストタウンの前橋市も引き続きサポートをする。
「楽しみが大きい」今後への期待
荒天に見舞われながらも大きなトラブルなく、18時前に全種目を終了。全てのレースを終え、原田康弘テクニカルディレクターは緊急事態宣言下の中で開催できたことについて関係者へ感謝の気持ち述べるとともに、「陸上競技はこれからシーズンに入る。この難しい時期に大会が行われ、選手が合わせてくれてことについて安心しています」と語った。
また、パラ陸連強化委員会の平松竜司副委員長も会見に同席。初日に記録が多く出たことに触れ、「東京パラリンピックも重要ですが、本来であればパリに向けたサイクルの時期。来年の神戸で行われる世界選手権に向けても(この時期に)記録を伸ばして行けた。今後の楽しみが非常に大きい」と前向きに振り返った。
東京大会の選考に向けて残された大会は4月24日・25日に香川県で開催される「2021ジャパンパラ陸上競技大会」。ここで最後の望みをかけて選手たちは戦う。
(取材・記事 白石怜平、編集 佐々木延江、写真 秋冨哲生)※本記事は3月25日に「Paraphoto」で掲載されたものです。