強豪への道を切り開いた15年 千葉ドリームスターの創成期メンバーたちが見せた全国大会での存在感

5月16日・17日に神戸市で行われた「第34回全国身体障害者野球大会」

昨年全国大会ベスト4の戦績を残した「千葉ドリームスター」は日本一の頂を目指し大会へと臨んだ。

惜しくも頂点には届かなかったが、日本を代表する名門チームと互角の戦いを見せ、確かな手応えを掴んでいた。その要因はドリームスターの歴史を築いてきた創成期メンバーの支えがあった。

(写真 / 文:白石怜平)

関東甲信越を代表する強豪チームへと成長

千葉ドリームスターはプロ通算打率.310(歴代9位)・同2120安打をマークし名球会入りも果たしている大打者・小笠原道大氏が社会貢献活動の一環で2009年に誕生。

“夢を持って野球を楽しもう”という想いをチーム名に込め、千葉県唯一の身体障がい者野球チームとして、11年の本格始動から15年にわたり活動を続けている。

選手は32名が在籍しており、10代から50代のメンバーが切磋琢磨するなど年々実力を着実に伸ばし、昨年は秋の全国大会で初のベスト4入りを果たした。

その実績を自信にし、『全国制覇』を明確な目標として定めて今大会へと臨んだ。

全国制覇を目標に臨んだドリームスターナイン

初戦快勝の裏にあったベテラン勢の活躍

そして迎えた初戦、徳島ウイングスとの対戦は打線がつながり16−2と快勝を収める。この試合では、指揮官のある想いが実った結果でもあった。

ドリームスターは10代から20代後半の選手が主力を担い、この5年以内に入団した選手たちがチームを活性化させてきた。ただ、土屋純一監督は選手全員と向き合っていることを以下の言葉で表した。

「新しいメンバーや、転勤に伴う移籍組がチームの主力となっていますが、生え抜き組・ベテランそして若手の融合が上手くできているチームが強くなると考えています。

ですので、ただ勝てばいいのではなく『一人でも多くの方に応援され、愛されるチーム』というのが真の目標であり、ここに沿っていきたいんです」

土屋監督は「チーム全員を見ている」と大会でも起用を熟考した

その意図を強く込めていたのが、初戦の先発投手の起用だった。マウンドに上がったのが42歳の篠原敦。篠原は11年に入団し、技巧派サウスポーとして投げ続けてきた。

当日先発を言い渡され「緊張もあった」と語ったが、相手打者のタイミングを外す投球で無失点ピッチングを披露。安堵の表情で選抜大会初先発を振り返った。

「トーナメントということで負けられない一戦でマウンドを託してもらい、全身全霊で抑える気持ちでマウンドに上がりました。先発を任せていただき、チームに感謝しています」

内野ゴロの山を築き無失点で終えた篠原

この日二塁で先発出場し、途中3番手として登板したのが今年37歳の藤田卓。12年からドリームスターでの活動を続ける背番号1は、当時野球未経験者の入団が多かった中、貴重な経験者としてチームを引っ張ってきた。

本職は投手だが、内野全ポジションと外野も守るユーティリティ性を併せ持ち、様々な起用に応えている。

この日も内野の要とマウンドを守り、土屋監督も「ベテランでもありますし、グラウンドではたくさんのポジションをこなしチームの力になっています」と評価する。

藤田自身は「試合に出てる出てないにも関わらず、チームに貢献できることを常に考えてました」と、投打さらにはベンチでも存在感を放った。

ユーティリティプレイヤーとしてもチームの力になった

そしてこの試合、最も輝きを放ったのが三浦敏朗だった。今年36歳を迎える三浦は藤田と同じ12年にドリームスターへ加入。15年近く在籍し、ほぼ欠かさず練習や大会へ参加するなど野球への愛情を持ち続ける。

先天性の脳性麻痺による歩行機能障がいがあることから主に投手を務めているが、この日はバットで魅せた。終盤に代打で登場し、振り抜いた打球は二塁手の横を抜け右中間へと抜ける。

打者代走を務めた主将・土屋来夢が激走を見せ、タイムリー三塁打に。上半身のみでバットを振るため、打つ球を絞る必要があるがそれを見事に捉えた。

三浦にとっては15年目でついに放った初安打にベンチそしてスタンドはこの日一番の盛り上がりを見せ、ナインからの手洗い祝福に満面の笑顔で応えた。

「監督からサインは『もう“打て”しかないよ!』って言われていたので、もう思い切って振っていこうと思いました。緊張もあって何を打ったか覚えてないのですが、ベンチが喜んでるのを見てヒットと分かって本当嬉しいの一言です」

三塁打を放ち、ベンチ総出で祝福を受けた

三浦は近年の若い選手たちの台頭から「実はチームから離れてもいいかなと思った時期もあった」と心境を明かした。それでも今ユニフォームを着ているのは、その若手選手たちからのエネルギーがあったからだと語る。

「チームに個性豊かなメンバーが揃っていて、『三浦さん一緒にやりましょうよ!』言ってくれたのが嬉しくて、野球を続けようと心から思えました。年下の選手たちにもイジられますが(笑)、まだまだ自分も上手くなれる可能性があるんだと思っていつも前向きにやっています」

創成期から15年以上レギュラーを張る元主将

前日の勢いそのままに勝ち進みたいドリームスターは、2日目の準々決勝に駒を進める。ほっともっとフィールド神戸で行われた試合の相手は、名門・神戸コスモス。

春の選抜大会優勝は歴代最多の18回を誇る全国屈指の強豪チームで、ドリームスターは昨年秋の全国大会でも敗れている相手である。

リベンジを期して臨んだこの試合、両者一歩も譲らぬ互角の展開で5回まで0−0と投手戦を繰り広げた(ルールは7イニング制)。

しかし6回表に2点を先制され、最終回に1点差へと迫りなおも逆転サヨナラのチャンスを作るも一歩及ばず、昨年のリベンジを果たすことはできなかった。

この試合6番・三塁でスタメン出場し、鋭い打球で相手に恐怖を与えたのが中䑓陵大だった。今年38歳を迎える中䑓は、11年にチームが始動するきっかけとなった一人。

当時新聞に掲載されていた選手募集を見て自ら門を叩き、2代目主将も務めるなどチームを牽引してきた。若い実力者が入り競争も激しくなっている中、15年以上もの間レギュラーの座を守り続けている。

15年以上にわたりレギュラーを守り続けている中䑓

この大会でもベンチそして三塁の守備位置から大きな声を出し続け、ナインを鼓舞した。その声と活気はベンチ全体に浸透し、グラウンドでプレーする選手たちとの一体感を創り出していた。

プレーしながらベンチの力も感じたという中䑓は、冷静にこの2日間を振り返った。

「出塁時にベンチからチームに勢い付ける声掛けが力になりました。この神戸戦ではベンチメンバーがバット引きや外野でのキャッチボールも率先して出てくれて、本当にチーム一丸でやっていました。

前の日は全員が出場できたので、その勢いと気持ちがこの試合にも通じたのだと思います。勝ち進むには大会で全員が出場するというのは大事なポイントなのかもしれないと感じた2日間でした」

過去に在籍した選手の想いを背負う

上で述べた4名はチームがまだ結成間もない時期から地道に活動してきた選手。そしてこの大会に出場したもう一人の初期メンバーが野本賢司である。

土屋監督は「練習の参加率がチームで最も高く、愚直にやっています。この大会でも何としても起用したかった」と、日頃からの姿勢も高く評価している。

53歳の野本はベンチで一際大きな声で盛り上げ、味方が守備を終えてベンチに戻る時は真っ先に出迎える。ある気持ちを声に乗せていると語った。

「試合の流れが苦しい時こそ、声掛けひとつでチームの空気は大きく変わると感じています。常に前向きな声を出し、皆のモチベーションが上がるような応援を心がけていました。

全国大会という特別な舞台だからこそ、出場している選手だけでなく、ベンチにいるメンバーも含めて“全員で戦う”ことが大事だと思います、自分もその一員としてチームに貢献したいという気持ちが強くありました」

若い選手たちを声で後押しする野本

自身も初戦の徳島戦に代打で出場。その後も二塁の守備に就くと攻守でハツラツとしたプレーを見せる。グラウンドでは感謝の気持ちを存分に表現した。

「会場全体が息を飲むような緊張感に包まれていました。一球ごとに空気が張り詰め、普段の試合とはまったく違う“全国大会ならでは”のヒリつきを肌で感じました。

その中で自分はただプレーするのではなく、さまざまな理由でチームを去っていった仲間たちの想いも背負って、この場所に立っているのだと強く感じていたんです。

これまで積み重ねてきた時間や、多くの支えがあったからこそ今の自分がいる。そんな感謝と覚悟が入り混じる、特別な舞台でした」

過去に在籍した仲間たちを忘れずにプレーしている

歴史を知るメンバーが語るチームの成長

この15年で大きな進化を遂げてきたドリームスター。道なき道を切り開いてきたメンバーだからこそチームの成長を肌で感じている。

“ドリームスター1期生”として誰よりもチームを知る一人として、中䑓はこのように振り返る。

「勝利するための考察や実践する機会が圧倒的に増えています。打撃や走塁においての策も具体化されてきており、年々強くなってきている要因だと感じています。

ただ参加する・野球をするだけでなく、運用面でも出欠管理や外部への発信を選手全員が順番で回していることから、それぞれチームとしての活動意識も高まっていることが大きな変化だと思います」

グラウンド内外での変化を誰よりも知る

そして、野本もチームの軌跡をもう一度たどるように熱い気持ちを言葉にした。

「当初のチームは決して強いチームとは言えない状態でした。それでも、悔しさを共有しながら、少しずつ経験を積み重ねてきました。今では一人ひとりが自分の役割を理解し、苦しい場面でも声を掛け合いながら粘り強く戦える、“強い野球”ができるチームへと成長したと感じています。

数多くの障がいや、異なる個性を持ったメンバーが集まる中で、意見がぶつかることもありました。それでも互いを理解し向き合い続けてきたことで、本当の意味で支え合えるチームになってきたと思います。

ユニフォームを脱いだメンバーも覚えているからこそ、今のチームの成長には特別な感慨があります」

チームは切り替えて9月の地区大会へと照準を定めている。その先に見据えるのは11月に行われる秋の全国大会。悲願の日本一に向けて、歴史を築いてきたメンバーたちが、ドリームスターの礎となる。

(了)

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