市川から全国へ!「第13回小笠原道大杯」レポート

市川から全国へ!「第13回小笠原道大杯」レポート

11月30日、千葉県市川市の妙典少年野球場で「小笠原道大杯争奪 市川市少年野球大会」の決勝戦が行われた。

小笠原道大氏の想いで13年間継続

本大会は来シーズンより北海道日本ハムファイターズのヘッド兼打撃コーチに就任する小笠原道大氏が、読売巨人軍在籍時の2007年に市川市への地域貢献の一環として始めた大会である。

2015年に現役引退後も継続したいという想いから、毎年欠かさず開催され2019年で13回目を迎えた。(※追伸:2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で当年のみ開催なし)

「市川市は6ブロックあるのですが、初年度はブロック対抗でやっていました。2回目以降は小笠原さんのご厚意で、市川市内全チーム(約40チーム)での開催となったのです。本戦は、16チームが出場してトーナメント方式で試合をしています」

市川市少年野球連盟の塚原良光 事業部長は大会について説明する。

小笠原道大杯の優勝旗

特に19年は、大会を主催する市川市少年野球連盟が発足40年を迎えた。この春から市の少年野球大会を記念大会として開催され、小笠原杯はその最後を飾る大会として位置付けられた。

「子どもたちは小笠原さんに会えるのをモチベーションにやっています。小笠原杯は5年生の大会で、ここを頂点にして翌年以降につなげることで全国への足掛かりとしてほしいのです」

こう語るのは市川市少年野球連盟の五嶌(ごとう)誠司理事長。実際、小笠原杯から千葉県の代表になり甲子園の舞台に立つ選手も多い。今年、夏の甲子園に習志野高校で正捕手として出場した兼子将太朗選手(3年)はその1人。

最優秀選手賞として送られる実使用モデルのバット。裏には小笠原氏の直筆サインが入っている
優秀選手賞として送られる木製メダル。現役時代の折れたバットからつくられている

試合は2試合とも逆転劇に

この日は最終日、3位決定戦と決勝戦の2試合が行われた。午前9時に3位決定戦の市川アスナロズ対市川南スパローズの試合が始まった。

4回まで両軍1-1で互角の試合展開を見せたが、5回に試合が動く。スパローズが1点を勝ち越すとその裏にすぐさま石丸駿選手のタイムリーなどでアスナロズが一挙3点を取り逆転。4-2でアスナロズが勝利し3位となった。

市川アスナロズ対市川南スパローズの3位決定戦。1点を取るとベンチから総出で選手を迎えていた。

続く11時からは決勝戦、北方中央野球部と本塩子ども会野球部の対戦。グラウンド内では選手たちが、外では応援に駆けつけた親御さんたちの大きな声が響きわたる。

v選手も小笠原氏に負けない“フルスイング”を見せた

試合は本塩子ども会が初回に先制した後、4回裏に北方中央が2点を取りすぐに逆転。その直後の5回表、本塩子ども会は満塁のチャンスで主将の二宮悠世選手の2点タイムリーやスクイズなどで再逆転。北方の追い上げを振り切り、6-3でゲームセット。見事大会の頂点に輝いた。

最優秀選手賞は決勝戦で逆転タイムリーを放ち優勝へ導いた二宮悠世選手、優秀選手賞は北方中央の藤田悦史選手、市川アスナロズの石丸駿選手がそれぞれ選出された。

決勝戦試合終了後の整列。両軍がお互いをたたえ合った。

小笠原氏からのメッセージ

閉会の挨拶で登壇した小笠原氏は、関係者へ感謝の気持ちを述べるとともに子どもたちへメッセージを贈りました。

「1つの失敗、1つのミスで目標を諦めないでください。失敗からたくさん学ぶことがあります。私も、成功よりもたくさん失敗をして今日に至ります。一つの挫折、そういうことにくじけず根気よく1つの目標に向かい、時には一人で、時にはみんなで協力し合って、時には大人の力を借りて前を向いてほしい。そう願っております」

これからも続く大会に

五嶌理事長は大会への想いをこう語ります。
「少年野球で頂点は目指しますが、子どもたちにとっては長い人生のスタートでもあります。中学・高校・大学そしてプロを目指してほしい。ここで燃え尽きてほしくないです。そして何よりも、小笠原さんの人柄で大成功している大会なのでこれからも長く続けていきたいです」

約1カ月に渡り行われ、今年も無事に幕を閉じた小笠原杯。子どもたちの全力プレーと小笠原氏のメッセージがこの寒さを吹き飛ばしてくれたと感じました。大会がこれからも継続され、「野球をやりたい」という子どもが1人でも多く増えることを心から願いたいです。

◆小笠原道大(おがさわら・みちひろ)
1973年10月25日 千葉県出身
暁星国際高校-NTT関東を経て1996年ドラフト3位で日本ハムファイターズ(現:北海道日本ハムファイターズ)入団。

チームを日本一に導いた2006年オフにFAで読売巨人軍に移籍。巨人でも主軸として活躍し、リーグ3連覇に貢献。

2014年からは中日ドラゴンズでプレーし、2015年に現役引退。翌年から同2軍監督を4年間務めた。2020年からはヘッド兼打撃コーチとして14年ぶりに古巣日本ハムへ復帰する。選手時代は3割30本塁打を通算9度記録し、豪快なフルスイングでファンを魅了した。

社会貢献活動にも積極的で、2009年には日本プロ野球の社会貢献活動優秀者を表彰するゴールデンスピリット賞を受賞。
現在は少年野球大会の開催に加え、千葉県唯一の身体障がい者野球チーム「市川ドリームスター」を立ち上げ、GMとしてチームに携わっている。

(取材 / 文:白石怜平)

※本記事は2019年12月6日にスポーツメディア「Spportunity」で掲載されたものに一部加筆したものです。

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