青学ラストゲーム、託された「宿命」の一投。ベンドラメ礼生が10年の歴史に刻んだ悔しさと誇り

4月26日はサンロッカーズ渋谷(以下、SR渋谷)にとって、そしてキャプテン・ベンドラメ礼生にとって大きな節目となる試合だった。

Bリーグ開幕の2016年から10年にわたり、クラブが歴史を刻んできたホーム・青山学院記念館でのラストゲーム。特別な意味を持つ一戦は、最後の最後まで勝敗の行方が分からない展開となった。

それは運命か、青学で築いた歴史を全て知る男がこのストーリーの主役だった。

サンロッカーズの“象徴”がスタートから牽引

アルティーリ千葉とのGAME2。ベンドラメは前日に続いてスターティング5に名を連ねた。名前がコールされると、地鳴りのような歓声と拍手を背にコートへ登場した背番号9。

試合が始まれば立ち上がりから躍動し、サンロッカーズファミリーを早くも期待と興奮の渦に巻き起んだ。

「青学最後ということで、もちろん気合も入っていました。スタートからチームに勢いを持っていきたいと考えて臨んでいましたので、そういった中で個人的にすごくいい入りができました」

立ち上がりからアグレッシブに入るとスタートからボールを握り、ドライブや3Pシュートを次々と沈め、第1クォーターだけで13得点を挙げるなど試合のリズムを作った。

しかしSR渋谷が良いリズムで加点すれば、A千葉もトランジションからすぐさま取り返す。試合は一進一退の攻防が最後まで続く展開に。ベンドラメは緊迫した勝負を冷静に振り返った。

「昨日の反省を生かしてリバウンドのところであったり、ディフェンスを徹底していこうと話はしていました。ですが点を取った後簡単に取り返される場面が多く、そこが接戦になった要因でした」

第1Qで13得点と、スタートからチームに勢いづけた

主役の劇的なシュートを確信するも…

そしてスコアは残り3秒時点で85-85の同点。勝負の運命は当然と言わんばかりにこの男に委ねられていた。

「JJ(ジャン・ローレンス・ハーパージュニア)がドライブした瞬間に、『これは最後自分に回ってくるな』と感じていた。ここで決めたらカッコいいな、と思いながらパスを待っていました」

そのパスは残り約3秒のところで、心の声の通りベンドラメのもとに巡ってきた。そして3Pエリアからシュートを放つ。

ベンドラメがSR渋谷に加入したのはBリーグが開幕、すなわちクラブがここ青学をホームアリーナとして第一歩を踏み出した年である。ベンドラメそしてクラブはこの場所で同じ時を刻み、喜びや悔しさをファンとともに10年間分かち合ってきた。最後のドラマを演出するにはこの男しかいなかった。

ここまで18得点をマークし、うち3ポイントは4本成功していたことから、「今日の僕のパフォーマンスであれば、ここでパスが来て打ち切る自信はありました」と自身そして誰もがその成功を疑わなかった。

この試合の主役はサンロッカーズ渋谷の象徴であるベンドラメだった

ゾラン・マルティッチHCは「あのラストショットというのは礼生以外に値する選手はいなかった」と語れば、今季共にキャプテンを務めたジョシュ・ホーキンソンも、

「本当にあの場面、入ったと思いました。最高の形でこの青学での最終戦を終えられるなと思っていました」と劇的な展開を確信していた。

しかし、ベンドラメの放ったシュートは無情にもリングを弾いた。

そして残り時間は0.4秒ー。

直後のディフェンスを乗り切るべく、狩野富成を投入しビッグマンを揃えて防ぎにかかるも、トレイ・ポーターにタップショットを決められ万事休す。最後の最後まで勝利を信じた満員の観衆は悲鳴とざわめきへと変わり、選手たちもその場で立ち尽くすことしかできなかった。

「あれだけ状況が整うことってなかなかないですし、一生に一度あるかないかのとんでもないチャンスだったと思います。僕は持っていなかったなと。ただ、決めきれないのがまだまだなところなので、もっともっと頑張ろうとも思いました」

試合後、絞り出すように語った言葉には一人の勝負師としての悔しさが滲んでいた。だが、そこから目を背けることはなかった。

「期待を背負ってプレーするのがプロの仕事でもあるし、あれはプロの宿命なので。その期待に応えられるかどうかが、プロとして問われるところだったと思います」

青学ラストゲームで最終Q残り数秒で同点の場面、最後のポゼッション。そして自分の手に託された一球。その重みを正面から受け止めていた。

この試合への期待を誰よりも重く背負い、そして自覚を持って臨んでいた

リーグ開幕から自身そしてクラブが発展していった場所

ベンドラメにとって、青山学院記念館は誰よりも特別な場所である。この10年を振り返り、このアリーナが自身をどう成長させてくれた場所だったかを問うと、このように述べた。

「この10年間、メインのポイントガードとしてやるようになってからは、ファンの声をダイレクトに自分も感じられるようになりました。

一つのプレーで沸いてくれるし、一つのミスで全員が悔しがってくれる。そういった中で中心選手として戦えたってことは、プロの選手としてメンタル面の部分でも大きく成長させてくれた場所だと感じています。

たくさん試合をしていく中で、一つのアリーナでその始まりと終わりを経験できることはそうないことなので、本当に特別な時間でした」

試合後のセレモニーでは選手を代表して感謝の気持ちを述べた

Bリーグ初代新人王から始まり、スティール王そしてチームの絶対的な司令塔へ。このアリーナで、プロとしての喜怒哀楽をすべて表現してきた。

ファンと感情を同期させ、責任を背負い、ブザーが鳴るまで走り抜く。その積み重ねが、彼を「サンロッカーズ渋谷の顔」へと押し上げた。

来季からTOYOTA ARENA TOKYOへとホームアリーナが移る。来季から始まるB. PREMIERの構想を知った時から「いずれここを離れることも分かってはいた」と別れの時を悟っていた。

それでも青山学院記念館で積み重ねてきた実績がクラブ、そして自身を押し上げてくれたからこその結果だと理解している。

「もちろん寂しさはあります。ここまでB1で戦えてこれたのも、このアリーナがあったおかげだと思うし、離れたくない気持ちもあります。

ただB. PREMIERにチャレンジする中で、このB1・青学で経験したことは必ず生きてくる。次のステップアップに向けて、すごくいい経験だったなっていう思いの方が強いです」

この地でキャリアを築き、Bリーグを代表する選手であり続けている

試合後のセレモニーを見つめるファンの中には、悔しさや寂しさで涙を流す者も多かった。ベンドラメ自身は「涙は出ないです」と毅然としていたが、それは明るい未来を築きそして広がっているからこそでた言葉である。

「もちろん気持ちが動かないというわけじゃないです。離れるのは悲しいけれど、それだけサンロッカーズが成長したっていう証です。涙を流してくださった人たちの想いもしっかりと受け止めて、次のステップに行かなければいけないという気持ちがより強くなりました」

B. PREMIERという新章へ。変化と向上心で目指すさらなる成長

来季からSR渋谷も、新たなステージでリスタートを切る。B. LEAGUE初年度からプレーしているベンドラメにとって、これからの戦いはどのような意味を持つのか。

「この10年でBリーグは本当に成長したと思います。バスケットの競技レベルも上がったし、エンタメとして競技以外の面でもすごく楽しめるようなリーグになった。

そういった中でB. PREMIERになるにあたっては、一層みなさんを楽しませなければならないし、より多くの人をアリーナに呼び込む必要があります。

僕たちはプロの選手として、そのエンタメに負けないような素晴らしいパフォーマンスをコートで表現しないといけないです」

これからも選手として高みを目指していく

現在32歳でベテランと呼ばれる年齢に差し掛かり、勢いのある若手もどんどん台頭している。しかし、自らの志は少しも揺らがない。

「若手に負けないように自分も戦わないといけないですし、これからルールもプレースタイルやチームの強みも変わってくる。そういった変化に負けないようにしっかりと対応していきたいです。

個人的にもまだまだ上を目指せると思っているので、向上心を持ってプレミアに挑んでいけたらと思っています」

青山学院記念館に別れを告げ、サンロッカーズ渋谷は新しい歴史を書き始める。その先頭には、これからも背番号9が立っている。10年の誇りと、決して枯れることのない向上心を胸に。

(写真 / 文:白石怜平)

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