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元西武・髙木大成 野球界から離れホテルマンへ「素直に部下へ聞きながらこなす」奮闘の日々〜著書出版記念特別インタビュー第4回〜

「一番きつかったです」と今でも語る法人営業時代

当時はライオンズも構造改革を進めている真っ只中。委託していた年間指定席の販売を球団自身で行うよう見直し、かつ収益のチャンスを逃さぬためフェンスや看板の広告を積極的に導入していった。髙木はその一翼を担うことになったのだ。

しかし、球団が独自で営業活動を行うのはほぼ初めて。現在は大企業から地元の自営業向けまで豊富なラインナップがあるが、当時は大企業に向けたもののみだった。

訪問リストもないため、通勤時に電車内外で目についた企業や使用した家電のメーカーなど手当たり次第に電話をかけた。

「ゼロからのスタートだったので、片っ端から電話営業をしていました。でも『プロ野球の球団?何?』という感じですよ。大企業になると代表番号だけで担当者につないでいただけないこともありましたし…」

現在は”スポンサーアクティベーション”という概念ができ、スポンサーがその権利を活用して企業がマーケティングを行うという動きが活発に行われている。しかし、当時の球場広告においては、具体的なリターンは『企業のロゴを出すことで宣伝効果がある』という時代だった。

「テレビCMはすごくお金はかかりますけれども、しっかり刺さるしリターンも見えてくる。でも、プロ野球に広告を出すというのは一番贅沢なことだと思うんですよ。今でこそ、コーポレートセールスとして出稿主にメリットを創ろうということで満足度も上がり看板も増えてましたけれども、僕らの時は『このスペースいくらです、お願いします』という感じでしたから」

それぞれの業務を振り返る髙木(筆者撮影)

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