
国枝慎吾の始球式が象徴した“世界一”への共鳴 ユニクロ×ドジャースが描く未来図
世界の頂点を知るレジェンドが、野球の聖地に立った。
6月21日(現地時間)、ロサンゼルス・ドジャースの本拠地ドジャー・スタジアムで、ユニクロによる冠イベント「UNIQLO LifeWear Day at Dodger Stadium」が開催された。
2026年3月にパートナーシップを締結したユニクロとドジャース。5月にはロサンゼルスの地域社会に向けた社会貢献活動を発表し、その象徴的な第一歩として行われたのが今回のイベントだった。
球場内ではドジャース仕様の限定デザイン「エアリズムコットンオーバーサイズTシャツ」が先着4万人に配布され、多くのファンが青と白の特別デザインを身にまとった。
外野エリアにはデーブ・ロバーツ監督のパネルを設置したフォトブースが並び、大型ビジョンでは限定映像も公開。球場全体がこの日だけの特別な一体感に包まれていた。
その中心にいたのが、車いすテニス界で世界一を誇った国枝慎吾氏だった。
(取材 / 文:白石怜平、写真提供:LA Dodgers )
日本人選手たちの活躍に力を得る
世界ランキング1位として長年君臨し、四大大会通算28勝・パラリンピック金メダル4個。競技人生で世界の頂点を極めた男が、この日は始球式という新たな舞台に挑んだ。
登板前に国枝氏は、この場に立つ意味を噛みしめるように語った。
「2009年にユニクロとパートナーシップが始まって、そこから錦織圭選手やロジャー・フェデラー選手そして今日のドジャースまで、ユニクロがスポーツに広がっていくことは契約当初は全く想像していませんでした」
長年ユニクロと共に歩んできたからこそ、その広がりを肌で感じている。
「いろいろなご縁があってこうして今日スタジアムに居られることに感謝しています」
現在のドジャースには大谷翔平・山本由伸・佐々木朗希 と日本が誇る3選手が所属しており、ワールドシリーズ連覇の原動力として欠かせない存在となっている。国枝も、その活躍を日本から見守り続けてきた。
「本当に日本でも活躍を楽しみに見ていますし、日本人にとって誇りです。活躍した日はその日が1日ハッピーになるような、そんな影響力がありますよね。
日本人選手の活躍が海を渡り、日本で見ている我々に元気を与えてくれる。本当にその活躍をこれからも楽しみにしています」

世界の頂点を知る“同志”から受けた相棒を手にマウンドへ
そしてその左手にはめられていた相棒は、特別な意味を持つ一つのグローブ。自身が引退した2023年にイチロー氏から贈られたものだった。
「ちょうど引退した年にユニクロとのご縁でイチローさんと対談し、キャッチボールをさせてもらったことがありました。今日はその時にプレゼントしていただいたグローブを着けて投じたいと思っています。その為にしっかり肩を作ってきました!」
世界を極めた者同士の縁。その象徴とも言えるグラブを手にこの日を迎えたが、マウンドに至るまでのプロセスは、アスリートとしての壮絶な試行錯誤の連続でもあった。
実は国枝氏は今年1月に肩を痛めるというアクシデントに見舞われていた。ただ決してここで屈することはなく、専門家の知見を取り入れながら周到な準備を行っていた。
「僕が通っているテニスクラブのトレーナーが、もともと(北海道日本ハム)ファイターズのトレーナーでですね、大谷選手とも交流があるトレーナーだったんです。
それでサイドスローかスリークォーター気味に投げる方法を、そのトレーナーの方に投げ方を教わってきたので、今日はオーバースローよりはちょっとスリークォーター気味に投げようと思っています」

現役を退いてなお、自身の身体と向き合い、技術を構築していくプロセスは第一線でプレーしたいた時と変わらなかった。
「それによってやっぱりだいぶ変わりましたよ。どんどんボールが伸びていく実感があります。ここに来るまで一応2回練習する機会があったんですけど、上投げからちょっと横気味に投げる方法もいろいろ研究しながらやってきました。ちょっとプレッシャーかかってます(笑)」
世界を相手に戦い抜いてきた男が、1球のためにすべてを懸ける。その純粋なアスリート精神が、言葉の端々から溢れていた。
そして、運命の瞬間が訪れた。国枝氏の名前がアナウンスされると、大観衆から暖かい拍手と歓声が沸き起こった。ユニクロの限定デザインTシャツに身を包んだ国枝氏は、マウンドへと登った。
大谷選手をはじめとするドジャースの面々が見守る中、予告通りサイドスローに近い鋭い腕の振りから投じる。放たれた一球はノーバウンドでダルトン・ラッシング捕手のミットへとストライクゾーンに吸い込まれていった。
再び歓声や拍手に包まれたマウンド上の国枝氏は、これ以上ない晴れやかな笑顔で応えた。見事に大役を終えた国枝氏は、興奮冷めやらぬ表情で本番のプレッシャーをこう振り返った。
「これまで練習してきたことを意識しようとしていたけど、マウンドに立ったら全部忘れましたね(笑)。この雰囲気は実際にあの場所に立たないとわからなかったので、すごく貴重な経験になりました。緊張したけど本当に楽しかったです!」
引退後に感じた「生涯スポーツ」の真価と、次なる挑戦
世界最高峰の舞台を知るレジェンドは、引退後もなお競技の世界に身を置き続けている。
現在の国枝は、車いすテニス界の若手育成やコーチングに力を注ぐ一方、新たな挑戦も始めていた。
「今年度から車いすバスケも始めたので、ちょうど来月試合があるので、そちらも出ながらの活動です」
ひとつの競技で世界を極めた男が、また新たな競技に身を投じる。その原動力は何なのか。国枝が口にしたのは、シンプルな言葉だった。
「やっぱりスポーツは楽しいっていうところがまず一番に来ますね」
その言葉には、勝利や記録を追い求めてきたトップアスリートだからこそたどり着いた本質が詰まっていた。
「僕自身テニスは引退していますけど、テニスをやっていて何が良かったかなって考えると、今でも好きなんですよ。選手を辞めた今となっては、最強の趣味でもあるわけですよね」
競技生活を終えたからこそ見えてきたスポーツの価値。それは“生涯にわたって楽しめるもの”として人生に残り続けることだった。
「人生の楽しみって何だろうって考えた時に、好きなことを10個挙げるのって意外と難しい。でもその時に一番最初にテニスっていう言葉が出てくる。それだけでもやってきた意味があるのではないかと思うんです。
例えば子どもの時にスポーツをやっていて、大学卒業ぐらいで辞めた人でも、またいつでも再開できる。しかもある程度上手い状態で戻れる。そういうところもスポーツのいいところだなって、引退してからすごく思いますね」
競技を通じて得た経験や身体感覚は、時間が経っても失われない。それは人生を豊かにする“財産”として積み重なっていく。そして、その考え方は新たな挑戦にもつながっていた。
「バスケットを始めて思うんですけど、スポーツで上手くなるためのやり方って結構共通しているんですよね。言語化して、それを反復していく。そういうプロセスも含めてすごく楽しめる」
世界を極めても学び続け、競技を変えても成長を楽しむ。その姿勢こそ、国枝氏が歩み続ける“挑戦者”としての現在地だった。
ユニクロとドジャースが描く“世界一”への挑戦 柳井氏が語った未来図
今回の「UNIQLO LifeWear Day at Dodger Stadium」は、単なる冠試合に留まらない。そこには、ユニクロがアメリカ市場で描く新たな戦略と、スポーツを通じた社会貢献という明確なビジョンが込められていた。
囲み取材に応じた株式会社ファーストリテイリングの柳井康治取締役は、ドジャー・スタジアムに「UNIQLO Field」の名が刻まれた意義についてこう語る。
「アメリカではまだまだ我々はそこまで知られていない存在でした。でも今回、UNIQLO Field at Dodger Stadiumという名前がついたことで、多くの方が『ユニクロってどういうブランドなんだろう』と興味を持ってくださっている。確実に認知度が上がってきていると感じています」

世界最大級のスポーツマーケットであるアメリカ。その中心地のひとつであるロサンゼルスで王者ドジャースと手を組むことは、ユニクロにとって大きな意味を持つ。
さらに父の日イベントということもあり、康治の父である同社の柳井正 代表取締役会長兼社長から受けた影響について問われると、その経営哲学の本質を述べた。
「一番影響を受けているのは、常にお客さまのことを思う姿勢ですね。それだけではなく、従業員・株主そしてパートナー工場の方々まで、関わるすべての人のことを考えている。その姿勢は何度も聞いてきましたし、自分の仕事観にも大きく影響しています」
さらにプライベートでの柳井氏については、少し表情を和らげながらこう続けた。
「意外に思われるかもしれませんが、すごく愛情深い人なんです。そういう部分も、自分も見習いたいと思っています」
その“人を思う姿勢”は、今回のイベントにも色濃く反映されていた。来場した4万人が同じLifeWearを身にまとい、同じ空間で野球を楽しむ。その景色は単なるプロモーションにとどまることはなかった。
そして、その先に見据える未来も明確だった。
「パートナーシップを組む時から、『世界一を目指しましょう』という話をしていました。自分たちも世界一になりたいし、すでに世界一を知っているドジャースと一緒に歩んでいきたい。目指すのは世界ナンバーワンです」

競争だけではない。その先には社会貢献というもう一つの軸がある。
8月以降、「UNIQLO Field at Dodger Stadium」を拠点に、子どもたちを対象としたユース野球プログラムや国際交流プロジェクトが始動する予定。
日本から少年野球の選手をアメリカに招き、本場の野球と文化を体験してもらう企画も進んでいるという。
国枝氏がマウンドで見せた情熱と、4万人のファンが共有した一体感。それはユニクロとドジャースが描く未来への、確かな第一歩だった。スポーツを通じて人と地域、そして世界をつなぐ挑戦は、ここからさらに広がっていく。
(了)
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