
斎藤隆氏が共に切り拓いた“野球の入口” MLB「PLAY BALL Weekend」にあふれた子どもたちの笑顔
MLBが世界各地で展開する青少年参加型イベント「PLAY BALL」が、6月6日と7日に開催された。
「PLAY BALLWeekend」と題した今回はMLB JapanとNPB球団によるコラボレーションで展開。
横浜スタジアムで行われた回では斎藤隆氏が登場し、笑顔あふれる空間を子どもたちと創り上げた。
(写真 / 文:白石怜平)
主に野球未経験の子どもたちを対象にしたグローバルプロジェクト
「PLAY BALL」はMLBを代表するグローバルプロジェクトで、子どもたちに体を動かす楽しさや仲間と協力する喜びを伝えることを目的として行われている。
アメリカやカナダでも実施され、日本では2022年からスタート。野球未経験、あるいは経験の浅い未就学児から小学生を主な対象に、「投げる」「打つ」「捕る」といった野球の基本動作を、遊びながら自然に学べる機会を提供している。
背景にあるのは、野球人口減少への危機感から。MLBは競技人口拡大への貢献を掲げ、まずは野球そのものの楽しさを知ってもらう“入口”として、このイベントを位置づけている。

参加した子どもたちには、安全に遊べるプラスチック製のバットとボールが贈られ、イベント後も家庭や地域で野球に親しめる工夫が凝らされている。
日本上陸以降は東京をはじめとした首都圏にとどまらず、岩手・福岡・石川・兵庫・宮城など各地へと広がりを見せてきた。
ゲストも豪華な顔ぶれで、松井秀喜氏や岩隈久志氏といった元メジャーリーガーに加え、ラーズ・ヌートバー選手や今永昇太選手ら現役選手も参加。第一線を知る選手たちとの触れ合いも、このイベントならではの魅力となっている。
横浜ではベイスターズOBの斎藤隆氏が登場
6日と7日は横浜DeNA ベイスターズ・読売ジャイアンツ・福岡ソフトバンクホークスと共同で開催された。
6日は横浜スタジアムと読売ジャイアンツ球場 室内練習場で、7日はタマホーム スタジアム筑後で行われ、各球団でプレー経験がある元MLB選手の斎藤隆氏・上原浩治氏・和田毅氏がそれぞれ参加した。

横浜スタジアムでは、この直前までベイスターズ戦が行われており、熱気が残る中でイベントがスタート。この日は試合を観戦した約300人の子どもたちが参加し、斎藤氏の背番号「11」のユニフォームを着た保護者の姿も見られた。
自身がかつて所属したドジャースのユニフォームを身にまとった斎藤氏は、持ち前の明るいキャラクター全開で登場し、球場は冒頭から笑顔に包まれた。
紹介の最後にはピッチングも披露。日米通算112勝・139セーブをマークした右腕から放たれた球は綺麗な軌道を描き、子どもたちや往年の活躍を知るファンから再び拍手が起きた。

横浜スタジアムでの「PLAY BALL Weekend」では、スタジアム全体を使い、キャッチボール、打撃、ゴロ捕球、ストラックアウト、走塁の5エリアを展開。
斎藤氏は一つひとつのエリアを回りながら子どもたちに声をかけ、感想を聞き、時にはプレーにも参加。走塁エリアでは投手として牽制を演出するなど、自らも身体を動かしながら場を盛り上げた。
守備ではアドバイスを送りつつ「上手だからこのまま続けてね!」と鼓舞。約1時間のイベント終了後には出口に立ち、一人ひとりとハイタッチを交わしながら見送った。

日米が抱える共通の課題と、草の根活動の重要性
イベント終了後、斎藤氏は充実感に満ちた表情で取材に応じた。
日米の最高峰の舞台を知る男がグラウンドで見つめていたのは、子どもたちが体で表現した純粋な“楽しさ”だった。PLAY BALLの意義を踏まえた上で以下のように振り返った。
「このイベントはこれから野球へのスタートラインに立つ子どもたち、あるいはまだ馴染みの薄い子どもたちが対象なので、動きがどうとかではなくて笑顔だったり親御さんとの触れ合いといった楽しさが一番目についたし、一番良かったところだったと思います。
この延長線上にプロ野球とかメジャーリーグがあるんだなというのを感じました」

現代の野球界において、競技人口の減少は避けて通れないネガティブな話題として語られがちである。しかし、この日のグラウンドに溢れていた熱気は、確実に野球の未来に向けた可能性を照らしていた。
「野球人口の減少というのは、日本もアメリカも同じ課題を抱えています。だからこそ、日本のプロ野球チームとMLBがこうやって手を組むこと自体が素晴らしい企画だと思います」
斎藤氏は現役時代、MLBで7年間プレーし5球団を渡り歩いた。その経験を活かし、解説業やイベントでのトークショーなど様々な形で野球の普及や発信に努めてきた。その中で抱いている本音も明かしてくれた。
「個人的に何かできるかというと、なかなか一人では難しいのが本音です。野球というスポーツの性質上、どうしてもある程度の広さのグラウンドや、多くの道具が必要になってきますからね。
実は個人的にカンボジアへ行って野球教室を2回ほど開催したことがあるのですが、そこでもやはり(環境や道具を整えることの)難しさを痛感しました。
だからこそ、私一人の力では企画しきれないようなこうした大きな活動に、声をかけていただき、協力させてもらえることが一番ありがたいです」

斎藤氏の言葉の端々からは、外的要因ではあるが野球を取り巻く社会課題の変化に向けた強い危機感が滲んでいた。
「ニュースでも見ましたが、今の少子化のスピードは想像以上に早い。だからこそ、こうした地道な草の根の活動を続けていくしかありません。呼んでいただける限り、これからも全力で協力していきたいと思っています」
「大谷翔平らをリアルタイムで見れる」子どもたちの幸福
一方で現代の野球界にも大きな光が差し込んでいる。それが大谷翔平選手という不世出のスーパースターの存在である。現在、大谷選手は野球ファンの枠を飛び越え、世界中の人々を巻き込む形で注目を集めている。
このような時代に生きる子どもたちにとって、大谷選手の姿を見ることはどのような意味を持つのだろうか。
「間違いなく、大きな参考になりますし、今の時代に大谷選手のあの凄いプレーをリアルタイムで見られている子どもたちは、本当にラッキーだと思います」と、斎藤氏は即答。
自身も少年時代に江川卓氏や原辰徳氏といった偉大な先輩たちに憧れを抱いた。当時描いた姿と照らし合わせながら、今後の野球界にも希望を寄せている。
「世界の頂点で戦う彼らの姿を、子どもの頃から自然に『ここが世界のトップなんだ』と認識し肌で感じられている。これは、未来の日本の野球界にとっても、全体のレベルを大きく引き上げる素晴らしい要因になるはずです」

競技人口の減少という厳しい影が忍び寄る一方で、日本が誇る世界的トップスターがもたらす最高の基準を日常的に目撃できるという幸運。
この二面性を抱える現代の子どもたちに対して、斎藤氏は「ラッキーな時代だからこそ、この経験はこれからの人生において必ず生きてくる」と確信を込めて語った。
斎藤氏の地元である宮城県で繋ぐ「野球と社会の絆」
最後の話題は現在野球を続けている次世代へのメッセージへと移った。ここで斎藤氏は地元にゆかりのある、MLBが継続している一つの重要な活動について語られた。
「実は、宮城県の石巻市でMLBが継続して行っている『MLB CUP』が今年10周年という節目を迎えることになって、そこにも参加させていただける予定なんです。まさにその石巻でのイベントが、より上の年代を対象にしたものになります」
MLB CUP(マイナー部門)は小学3~5年生を対象に開催されている硬式野球の全国大会で、次世代を担う野球少年・少⼥に夢を与え、野球⼈⼝拡⼤に繋がる普及プログラムを創る目的として毎年開催されている。
斎藤氏が語った通り2016年から石巻市民球場で行われており、ここを舞台にしているのも大きな意義を持つ。
というのも11年の東⽇本⼤震災が発生した際、この球場はメジャーリーグベースボールとメジャーリーグベースボール選⼿会が再建に協⼒した会場という縁があるためである。
宮城県出身の斎藤氏もその意義を深く理解している。
「なぜ石巻なのかと言えば、やはり震災の存在があってそこからスタートしているからです。野球というスポーツがただの競技としてだけでなく、そうした社会的な役割を持ち、地域の復興支援に寄与できている。
MLBはまさにそこに対して高い意識と注目を持って取り組んできました。そして何より、そこが自分自身の地元(宮城県出身)であるということが、本当にありがたく、誇らしいことです」
MLBと地元との関係性も深く理解している
震災から15年以上の歳月が流れた。時の流れを感じつつも斎藤氏は一人の野球人として、自らが果たすべき責任を改めて噛み締めていた。
「復興と簡単に言葉で言っても、なかなか一筋縄ではいかない難しい問題です。あれから15年以上と時間の経過も感じますし、野球を通じて社会的な貢献も続けていかなければならないと自分でも思います」
社会課題に目を向けながら、次世代への希望を語った斎藤氏。その言葉には、日米のトップを知るからこその説得力と、故郷や野球界全体への深い愛が満ち溢れていた。
(了)
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